東急不動産のDX推進部も兼任する宮城氏。両社の経営企画部にも所属しており、HDではグループの経営戦略や組織作りを、東急不動産では事業部門とともにサービス構築などを担う

 2021年に発表した長期ビジョンの中で、東急不動産ホールディングス(HD)は全社方針の一つにDXを示した。サステナブルな企業成長を目指し、不動産業界の雄が大きな変革に挑む。起案から携わる同社グループDX推進部 兼 グループ経営企画部 係長 宮城貴紀氏に、長期ビジョンに記された背景と意味、そしてDX推進のポイントを聞いた。

徹底して獲得を目指した経営層の理解

「2021年5月に公表した長期経営方針(長期ビジョン『GROUP VISION 2030』)。この計画を作り始めたのが、2019年度の初頭です。次の10年後の姿を検討する中で、重点項目の一つとしてDXを挙げました。その際の社内リアクションから分かったのが、不動産業界においてデジタル化の優先度が想像以上に低かったことです」

 東急不動産HD グループDX推進部の宮城氏は、立案当初をそう振り返る。

 当時、ベンチャー企業や海外からの新規プレーヤーの影響で、金融業界や小売業界などは当たり前のようにDXの波にもまれていた。一方で不動産業界においては、その対応が急務と叫ばれる状況にはなかったという。

「FAXがいまだに現役で稼働しているような業界です。中小零細企業が多く、独特な商習慣もたくさんあり、法令も複雑かつ多岐にわたります。しかし、それらが絡み合って形成された業界の独自性が、ディスラプター(既存業界のビジネスモデルを破壊するプレーヤー)と呼ばれるデジタルベンチャーの参入障壁となっていたのです。とはいえ他業界を見る限り、遅かれ早かれといった気配を感じていました」

 打った初手は経営層への理解促進だった。環境変化によるDXの重要性を伝えるため、宮城氏らは経営層と密なコミュニケーションを図った。

「Society5.0の狙いや産業革命レベルの転換期であること、他業界の動きなど、前提となるマクロ環境の説明から始め、時間をかけてデジタル化の緊急性を伝えていったのです。経営層の理解を得ずに、出島を作って進めてしまうこともできますが、ごまかさずに進めることを強く意識しました」

 丁寧に経営層との議論を続け、かけた期間はおよそ半年。結果、2020年4月にはグループDX推進室(2021年度よりグループDX推進部に改組)が創設され、長期ビジョンの核となる全社方針に「DX」を記すに至った。

長期経営方針の全社方針として「環境経営」と並び「DX」が示された

「当社のグループDX推進部は実行組織ではなく、支援組織という位置付けです。各事業部門にプロジェクト推進を担ってもらい、対応困難な部分をわれわれが支援しています。この役割分担をご納得いただくのには苦心しましたが、経営層の理解を得て、社長による社内外への発信を含む施策に一体感が生まれ、全社に向け体系的に伝えられました。これを徹底したことで、今は組織全体で走り始めていると実感しています」