成功法則が存在しないDXの世界

 最後のテーマは「組織文化・企業変革・人材」だった。どう人材を育成するかについて小宮氏は「DXを推進するには、DXを理解する人材とDXを担う人材が必要です。前者は事業をしている人がなるべきですが、これがうまくいきません」と課題を挙げる。

 現在はDXリーダーとして指名することによりキーパーソンにDXの理解を促す活動に取り組みながら、データサイエンティストとデータアナリストの育成にも注力する。後者については2023年までに1000名を目指す。「そこまでしないとものづくりの世界のDXは進みません」と小宮氏は語る。

 組織や部署間での温度差や難易度の違いもある。花田氏は「例えば、天動説型の人事部門と地動説型の事業部門ではスピードに違いがあります。それを同じプラットフォームで進めるのは難しい」と指摘する。

 同社では結論が出るスピードの違いによって「モード1」と「モード2」にわけ自律分散型の組織とし、その全体をITサミットという母体がコントロールする形をとる。「組織はメソドロジーで変えることができ、即効性もあります」と花田氏。それが結局は人の変化を促すことにつながっていく。

 ロールモデルの重要性を語るのは谷崎氏だ。「最初は事業部の方では自分の仕事を侵されるという抵抗感があったと思うのですが、デジタルの取り組みがうまくいってお客さんが喜んでくださって、事業としても成功したというロールモデルがプロジェクトから生まれてくると、各事業部門が自走して競い合うようになったのです」と自身の経験を語る。

 そのためには「社長製造業になる」といったトップのメッセージによる雰囲気作りがあり、CDIOである谷崎氏のもとにグループ会社を集めるという取り組みがあった。「今足りないのはデジタルビジネス人材です。外から採用するのも難しく、中で育てるのにも時間がかかります」

 人材という面では“ヨソモノ、ワカモノ、バカモノ”の重要性も見逃せない。他の会社からヤマトに入社した牧浦氏は「ヨソモノだったからこそ見えるものがありました」と語る。ヤマトは、2005年に持株会社制に移行し、会社を機能別に分けた。そのため、複数の子会社が一つの顧客に出向くという事態が生じていた。

一橋大学 経営管理研究科 教授 神岡 太郎 氏

「お客さま起点で見れば、問題点がすぐにわかります。DXやCXにはダイバーシティが大事だと思います。ヨソモノだからこそ、先入観を持たずに気付くこともあると思います」と牧浦氏。神岡氏は本来外敵であるウイルスが入り込むことで遺伝子が進化するということを例に「まさにそういうことなのかと思います」と賛同した。

 山田氏はトップダウンとボトムアップのバランスの重要性を説いた。自由闊達なヤマハ発動機では遠心力が強く、現場レベルでのDXはさまざまな部門で始まった。これはDXを進めるうえでポジティブな動きだが、一方で、それぞれの取り組みがなかなかスケールしなかったという。「しかし、経営者が強力にDXにコミットメントしたことで求心力が生まれ、会社としてのDXにつながるようになりました」と山田氏は話す。

 事業の軸を変えていくのはボトムアップだけでは難しい。うまく求心力と遠心力のバランスを取ることが問われる。神岡氏は「DXというものは、こうやれば上手くいくという世界ではありません。矛盾するものを内包しながら段階的に進んでいくものでしょう」と感想を述べた。

NTTコミュニケーションズ株式会社 代表取締役副社長 副社長執行役員 菅原 英宗 氏

 菅原氏は「DXには3つの壁があります」と指摘する。組織、システム、データだ。これを乗り越えないとDXは実現できない。そのためにNTTコミュニケーションズでは2つの取り組みを行ってきた。一つは、CoE(Center of Excellence:各分野の専門家が集う組織)の仕組みをつくりあげたこと。もう一つは、データドリブンマネジメントのチームを発足させたことだ。

「まず、ビジネス創出・デザイン・データサイエンス・サイバーセキュリティの各分野でビジネスを見直すCoEが、それぞれのDXプロジェクトを支援するという仕組みをつくりました。また、データドリブンマネジメントの専門チームを立ち上げ、社内に1,000程度存在するシステムからデータを集めて利活用できるようにすることで、デジタルな組織にシフトできるようになりました」と菅原氏は語る

 こうした各社の取り組みを聞いた神岡氏は「DXによって今までにない接点が生まれてきます。それをRe-connectすることを本気で考える時期が来ているのではないでしょうか」と締めくくった。各社がDXに取り組むことで、結果として新しい産業や社会、さらにはエコシステムが生まれようとしているのである。

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