慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授 西 宏章氏

 世界規模で急速な都市化が進み、水やエネルギーの供給、交通渋滞などの深刻化が懸念されている。現在、これらの社会課題に対する解決策としてスマートコミュニティやスマートシティへの取り組みが広がりつつある。その一方で、個人情報の収集・利用の難しさが障壁のひとつとして指摘されている。この課題はエッジコンピューティングの活用により解決できる可能性がある。スマートコミュニティ・スマートシティでエッジコンピューティングに期待される役割について、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 教授の西宏章氏に聞いた。

エッジコンピューティングの“本質的メリット”は、通信遅延解消・総合効率の他にある

 エッジコンピューティングというと一般的にデータの発生源の近くで処理することから、高速処理が可能になったり、前処理をすることで通信量を低減したりできるといった点が注目されがちだ。しかし、慶應義塾大学理工学部教授の西宏章氏は「通信遅延や総合効率という観点からのメリットは限定的で、本質的なメリットは位置自在性や、ネットワークの透明性にあります」と断言する。

 例えば、個人が電力スマートグリッドに電力消費量のデータを提供する際に、今は匿名化処理が行われることはない。しかし、間にエッジコンピューティングを入れることで、匿名化処理して個人を特定できないようにできる。電力消費量のデータ収集の目的が地域の電力消費状況の把握であれば、個人の特定は不要であるため、こうすることでプライバシー保護とサービス向上を両立できる。

 このような柔軟な発想を得るには、エッジコンピューティングをどう理解するかが重要になる。西氏はエッジコンピューティングを「クラウドやホストコンピュータに行き着く過程で行われるコンピュータ処理」と捉えている。その意味ではフォグコンピューティングも、個人のスマートフォン上での処理もエッジコンピューティングに含まれるのだ。

「エッジコンピューティングで重要なのは、アクセス網の中のどこでも自由な位置でサービスを提供できることです。高速処理という面だけで捉えた場合、クラウドの中のハイスペックなマシンより処理性能が劣り、通信速度が速くても全体の処理スピードはかえって遅くなる恐れがあります」と西氏は指摘する。

 西氏はエッジコンピューティングがもたらすメリットとして、この「位置自在性」の他にも、途中で処理したことをユーザーに感じさせない「ネットワーク透明性」、クラウドなどと違ってすべての通信が見える「完全性」、ネットワークの途中でステルスにIoT(Internet of Things)の機能や安全性を拡張できる「透明アドオン」を挙げる。

 匿名化処理などは透明アドオンのメリットのひとつである。スマートコミュニティやスマートシティの実現に、これらのエッジコンピューティング“本質的メリット”の貢献が期待されている。

スマートコミュニティ・スマートシティに求められるサービスをいかに提供し続けるか

 西氏はスマートシティを「ICT(Information and Communication Technology)によって効率化、高機能化されたスマートインフラを組み合わせて、新サービスを提供する取り組む都市」と定義する。スマートコミュニティも本質的には同じで、こちらは地域社会における取り組みである。

 サービスの対象によって求められるサービスは変化する。例えば、個人のプライベートエリア内であれば個人情報保護や匿名化のサービスが必要になり、街エリアでは行動解析や情報集約などのリアルタイムなサービスが求められる。

「スマートシティで提供するサービスを考える上で重要なのは、その地域に住む人たちのQoL(Quality of Life)の改善につながるのかという点です」と西氏は指摘する。電力の消費情報のサービスはあった方が良いかもしれないが、そのためにはコストもかかる。税金を投入してまでやるだけの価値があるかどうかが判断の分かれ目になる。

 さらにはサービスを継続するための原資をどう考えるかも重要になる。どの税収を当てるのかという問題だ。

「スマートシティでは情報インフラが不可欠ですが、今は情報インフラ自体からは税収がありません。そのことで情報インフラの維持が困難になってしまう恐れすらあるのです」と西氏は問題を提起する。

 現在、自動車や電気、土地などには税金が課せられ、それが道路整備などの行政サービスを継続する原資になっている。しかし、バーチャルな存在で実体のない情報には課税できない。例えば住民が通販で注文した商品が、地域外の物流センターから電気自動車で配送され、玄関前に置き配されるケースでは、電力や情報インフラを維持する自治体にはお金は落とされない。

「今はGAFAMのようなプラットフォーマーに情報が集まっています。しかし、街の財産である情報を使う際には本来対価をもらうべきではないでしょうか。そうしないと市民サービスを継続できません。地域のものは地域に利益をもたらすという本来の姿に戻すことを考えるときではないか」と西氏は語る。この難題を解決する鍵となるのがエッジコンピューティングである。

エッジコンピューティングで役割分担をすることが必要

 ITやIoTの研究者である西氏だが、実践的な研究をモットーに掲げ、数多くのスマートシティやスマートコミュニティの実証実験に取り組んできた。そのひとつがさいたま市における情報流通プラットフォームの構築だ。西氏自身、その構想を推進する一般社団法人美園タウンマネジメントの代表理事を努めている。

 美園地区では「スマートシティさいたまモデル」を推進するために、都市OSとして「共通プラットフォームさいたま版」を構築し、交通やヘルスケアなどの生活支援サービスを提供している。一連の取り組みの特徴は、蓄積されている情報の提供先を選択することができるようになっていることにある。

「ヘルスケアデータや購買データなど個人情報は市のエッジコンピュータに一時蓄積され、匿名化されて提供されます。これで個人情報を安全に保護することができ、提供する時点で課税することも可能になります」と西氏は構想を語る。

 実はこの匿名化の度合いはコントロールされている。個人情報の匿名化の度合いと情報提供者への利益還元はトレードオフの関係にあり、信頼できる提供先であれば匿名化の度合いを小さくして、より確度の高いサービスを受けることができる。無論その逆もある。

 この共通プラットフォームさいたま版の仕組みは情報銀行と捉えることができる。企業と個人の情報のやり取りを管理し、適正な運用を提供することができるようになる。

 情報提供の可否や匿名化の度合いを自由に選択できるようにすることで、情報提供者に利益を提供し、それを実施する自治体は提供するタイミングで利用料を徴収することができる。これによって情報インフラのコストの問題を解決できる可能性がある。

「租税公平主義の観点で、プラットフォーマーも情報銀行からデータ提供を受けられるように情報流通の仕組みをアップグレードできれば、将来、公平で明瞭な課税が期待できます。実現はまだ先の話ですが、今から部分的にでも取り組んでいく必要があります」と西氏は語る。

 全国で進められているスマートシティの取り組みには、地域通貨を発行して生活支援につなげたり、医療情報の提供の見返りで健康サービスを安価に受けられたりすることでメリットを届けるものはあっても、税収に結びつくものはまだない。

 情報銀行については総務省や経産省が認定に関する指針を発表し、民間団体による認定制度が始まったばかり。しかし、地域情報銀行は信用され得る存在であり、スマートシティの具体的ビジネスモデルにもなり得る。

 こうしたエリア内での適切なサービスを実現するのがエッジコンピューティングの役割であり、適材適所でどんなサービスを提供し、どんなメリットをもたらすのかという議論が必要だろう。

「まず、重要なのは成功事例を作ることです。情報の価値は地域に還元されるべきで、その第1歩がエッジコンピューティングの活用です。そのために、クラウドでサービスを提供するプラットフォーマーとスマートコミュニティ・スマートシティとが役割分担をすることが望ましいのではないでしょうか」と西氏は語る。社会を変えるスマートシティの成功事例を期待したい。


※本稿記載の研究内容は、科学技術振興機構戦略的研究推進事業(JST)CREST JPMJCR19K、文部科学省科学技術研究費基盤研究B(JP20H02301)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究(委託研究番号22004)の支援を受けたものである。