成熟経済では同じことをやっても勝つことは難しい

 海外企業では、顧客データのパーソナライズ化や、ロボットによる業務効率の向上が進み、消費者は今まで以上に早く安く商品を受け取ることができたり、自分の趣味嗜好に合った商品を選択したりすることが可能になっている。デジタルの力によって実現する新しいサービスが、他社との差別化を生み出し、企業価値を高める。しかし、デジタル革命は他社にも等しく価値を与える。

「テクノロジーによる差別化は、やがて競合もまねることができるようになります。それによってテクノロジーが普及するわけですが、同時に商品間の差が無くなっていき、コモディティー化が進みます」

 日本経済は既に成熟しており、労働人口の減少局面にある。かつてのような旺盛な消費を見込めない中で、小売業もただ品質と価格だけで優位性を保つことは難しい。ポイントは、“他社よりもっと良く”ではなく、“他社との違いを出す”という発想が重要となる。

 鈴木氏はこう指摘する。「競争が激化する小売業界で今後、企業に求められるのは、徹底したカスタマーセントリックな視点、そして差別化の源泉となる個性の確立です」

テクノロジー活用は手段であり、目的になってはいけない

 テクノロジーに視点を移すと、その進展が今、消費者にとっての買い物の概念を大きく変容させている。その渦中にある小売企業各社では、消費者のカスタマージャーニーを理解して「買い物プロセスの簡略化の実現」あるいは「買い物体験の向上」を戦略的に意識することが重要とされる。

 例えば、EC大手のAmazonでは、従来のオンラインショッピングの常識を覆す利便性を次々に展開し、オンラインショッピングのイメージを根本から変えた。また一方で、小売りとエンターテイメントを組み合わせたリテールテイメントを展開するSHOWFIELDSや、ヨガスタジオや瞑想ルームなど体験中心の実店舗戦略を打ち出すヨガウエアブランドのルルレモンなどが、ショッピング体験を一変させようとしている。

 このように、テクノロジーの進展を背景にした「買い物プロセスの簡略化の実現」「買い物体験の向上」に注目が集まっているが、ビジョンや戦略がないままテクノロジー導入だけが先行することに対して、鈴木氏はこう警鐘を鳴らす。

「テクノロジーはあくまでも手段であり、手段が目的になってはいけません。企業の役割は、価値を提案することです。手段と目的を関連付けて考えることが大切です。小売企業はテクノロジーに走るのではなく、自社の強みを再認識し、個性を磨くべきなのです」

 特に現在のような成熟した市場では、顧客のために自社だけが提供できる価値を見極め、それを磨き上げることが重視される。テクノロジーは、その独自の価値を体現するための手段と位置付けるべきだ。