「デジタル化」への教訓

 このようなベネズエラの状況は、いくつかのデジタル化への教訓を与えるものでもあります。

 近年、資産を裏付けにすることで価値の安定を図る「ステーブルコイン」や、さまざまな資産をデジタル技術でトークン化した「NFT」(Non-Fungible Token)などが注目を集めています。石油を裏付けにしていると主張される「ペトロ」も、少なくとも表面上は、これに近いものを目指したとみることができます。

 しかし、ステーブルコインやNFTについては、原資産や裏付け資産に本当に価値があるのか、これらがデジタル化された資産やトークンとしっかり結び付けられているのか、いざという時の交換などは可能なのかといった、スキームの頑健性を問われることになります。ベネズエラのペトロは、この点において取引相手の信認を得ることはできませんでした。

 また、国の政策運営そのものへの信認が失われた場合、単にブロックチェーンや分散型台帳技術などのデジタル技術だけでは、信認を取り戻すことはできません。

 デジタル技術は、もともと価値の乏しい資産や問題のある資産に、価値を付けてくれるものではありません。ましてや、放漫な政策運営によって失われた信認を埋め合わせてくれるものでもありません。「デジタル化」「DX」は確かに重要なテーマですが、一方で宣伝文句に使われやすいものでもあり、その根底にある価値や信認については、慎重に見極めていくことが大事です。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。