軸は「人中心のDX」 、これは絶対に変わらない

――御社は企業理念として「デジタルマーケティング業界は非常に変化が激しいため、常に軸となる考え方を持ち、行動することが重要」と掲げていますが、その軸となる考え方について、教えていただけますか?

川上 絶対に変わらないのは、人を中心にデジタルを捉えること、ですね。そこの価値観は絶対に変わらない。われわれの志すDXはシステムを納品することが目的ではなくて、そこが他社さん、SI会社、メーカーの志すDXとは大きく違っていると思います。

 システムを納品した後、社員の仕事がどれだけ豊かになったのかがすごく気になりますし、じゃあ豊かにするにはどんなデータを回せばいいのか、というのを追求する。その結果、どんな新しい事業が生まれて、どんな幸せを生活者に提供できているのかと。人々が幸せになるためのテクノロジーやシステム、データの使い方、そうした人中心のテクノロジーを追求しているというところは変わらない、ですかね。

 もう1つ、これは変わらないだろうなと思うのが、われわれには企業や政府、自治体などいろいろなクライアントがいますが、クライアント企業を元気付けたいんです。そこは、根本的な活動原理として明確に持っています。1000社以上のさまざまな業種のクライアントから相談がありますが、皆さん、課題を抱えているんですね。われわれの中に集まっているデジタルやテクノロジーの知見で、クライアント企業をもっともっと活気付けたいんです。

 企業が活気付くと日本全体が活気付いて、その企業が作っているサービスを通じて生活者も皆さん盛り上がっていく。そこの起点というか、お手伝いをしていく。企業が成長していくときに、われわれが先端の情報やテクノロジーを提供し続けて、成長を加速させていく。納品はスタートで、納品した後にどれだけ使いやすくしていって、どれだけ成果を出していくか。そして、次の課題に対して新しいご提案をして、というように、常に伴走して元気にしていく。そうやって、クライアント企業にも生活者にも喜んでもらう。その方がやっていて楽しいし、そのためにわれわれの会社が存在しているようなものなので、そこは変わらないかなと。

 納品がゴールじゃなくてスタートになる。デジタルマーケティングの世界の違うところはそこなんですね。何かアウトプットを世の中にぶつけて「終わった」ではなくて、世の中に出した後に生活者からの反響がある。その反響を受け取って、なるほど、こんな反応があるなら、明日はこうしようと打ち手を変える。その打ち手に対してまた反響がきたら、次は、明後日はこうしようというふうに、納品をスタートにして元気を積み上げていく。

 これが次世代マーケティングのあるべき姿だと思っています。デジタルで反響が迅速に拾いやすくなったこともあり、マーケティング自体がそういう立て付けになってきたというのはありますね。今後は、そこに真摯に向き合えるマーケッターが伸びていくだろうし、クライアントから必要とされるのは間違いないです。

――現在、重点的に強化されている事業領域について、その狙いと具体的な取り組みを教えください。

川上 重点強化すべき領域として捉えているのはデジタルコミュニケーション、プラットフォーム、DXの3つです。

 まずデジタルコミュニケーション、われわれは次世代マーケティングと言っていますが、デュアルファネル®というソリューションを提供しています。

 デュアルファネルは「認知」「理解」「検討」から「購買」へとつながるパーチェスファネルと、そこから2回目、3回目と購入を継続し、さらにファンになっていくリバースファネルを融合したもので、一気通貫でプロデュースしていく。

 これは顧客体験というエリアでもそうですし、メディアでいうとGoogle、Yahoo! JAPAN、Facebook、Twitter、LINEなどメガプラットフォーマーの方々と協業しながら、いかに生活者に対して一番良い情報を届けていくかということを追求しています。購買軸で言えば、継続して買っていただき、より幸せになるようなロイヤリティプログラムをしっかり組んでいく。それをセールスフォース・ドットコム、アドビなどいろいろな外部パートナーの方々の知見やテクノロジーをお借りしながら、端から端までやっていくというのがわれわれの考える次世代のマーケティングです。

 プラットフォームは次世代マーケティングとセットで必要となるシステム基盤で、土台という位置付けです。GoogleならGCP(Google Cloud Platform)、セールスフォースならMarketing Cloud/Commerce Cloud、アドビならAdobe Commerceを活用し、そうした外部パートナーと組みながらシステムを構築して、データを集めて、マーケティングに返していきます。

 DXは、そもそもマーケティングの手前にある、どういうビジネスをしたらいいのか、どういうサービスを開発したらいいのかという領域になります。電通デジタルでは、BXとCXと2軸があり、ビジネス開発視点からDXを進める方向と、顧客体験(UX)視点からDXを進める方向と、それぞれでクライアントとともにDXを推進しています。

 UXという部分で言うと、この5月に株式会社ビービットと一緒に一般社団法人UXインテリジェンス協会の立ち上げに参画しました。プロダクトドリブン、システムドリブンになると、ついシステムの導入がゴールになりがちです。

 ですが、やはり大事なのはお客さまやその先の利用者の立場に立った顧客視点で、UXなんですよね。となれば、UXデザイナーといった人材の育成が必要だろうと。システム寄りになったり、あるいはクリエイティブだけになったりと、徐々に乖離していくんですが、右脳と左脳の両立のような、両軸を融合し進めていくのがやはり大事です。協会に参画し、UXの普及や人材育成をしっかりやっていこうというところです。

 理想は、生活者、日本人1億人、グローバル77億人に対して本当に豊かなUXってなんだろうということを突き詰めて考えていかなければいけないと思っています。若者やデジタルが分かる人だけが対象のUXは本当に豊かなものとは言えないと思うんです。テクノロジーの進化は手段であって、それによってみんなの生活を豊かにするものでなければいけない。右脳的なもの、左脳的なもの、その両軸で考えるというのが、UXのあるべき世界かなと思います。

――デジタルマーケティングの分野には、外資系コンサルティングファームなどが参入してきています。そうした強力なプレーヤーとどう戦っていくお考えでしょうか?

川上 例えば、車1台売ることってすごく大変ですよね。そういった実践マーケティングというところがそもそもわれわれのドメインです。そういう意味で、本当に実践的なマーケティングは企業と生活者をしっかりつないで、ものを売っていって、豊かな関係を作る。それをやっていくということで自然に差別化ができるかなという感じです。ただ、外資系のファームもある種ライバルではあるけど、今後の事業の展開次第ではもしかしたら協業するというケースも出てくるのではないかなというふうには思います。

 企業の中にはいろいろな人がいて、それぞれが違う価値観を持って働いている。会議室の中だけで作ったマーケティングプランではなく、人中心の、本当のマーケティングをやる。まず、その前提に立って、形になる、社員にとって役に立つコンサルティング、組織変革ってなんだろうというのは徹底的にやっています。多少無骨でもいい、けれども本当に役に立つというところを追求しています。

〈編集長のインタビュー後記〉
「人中心」という大原則は変わらない

 今回のインタビューで、最も印象に残った言葉が「納品がゴールじゃなくてスタートになる」という川上社長の言葉でした。

 ものづくりで世界と戦ってきた日本企業はとかく、アウトプットを世の中にぶつけて「終わった」となりがちですが、ここに日本の苦境の一因があるように感じます。

 川上社長は「世の中に出した後に生活者からの反響がある。その反響を受け取って、なるほど、こんな反応があるなら、明日はこうしようと打ち手を変える。その打ち手に対してまた反響がきたら、次は、明後日はこうしようというふうに、納品をスタートにして元気を積み上げていく」と話し、この人中心のマーケティングが「次世代マーケティングのあるべき姿だ」と言います。

 「人中心」という大原則はマーケティングでも、DXでも変わりません。ビジネスは人が人に対して行うものだから。

(JDIR編集長 鈴木顕宏)