「商業と文化の拠点づくり」のブースターになっているのが「境町モデル」と呼ばれる事業スキームだ。簡潔に説明すると、初期投資(拠点となる施設の整備)は行政が行い、店舗の運営やメンテナンスは民間の事業者が行うという形での事業コラボレーションである。行政にとって拠点となる施設を建設するための初期投資は大きな負担となるが、やる気のある事業者を育成・支援することにつながるとともに定期的な家賃収入と税収が見込めるので、中長期的に見ればWin-Win型のデベロッパービジネスになりうる。

 事実、大型商業施設である「道の駅さかい」以外にも「高速バスターミナル」に隣接した「葵カフェ ハワイ境店」や「S-start up」という施設に出店している「鶏そば山田屋」などの飲食店はコロナ禍にもかかわらず連日、賑わいを見せている。

 また、これらの拠点のうちの数カ所は新国立競技場の設計などで有名な隈研吾氏による建築によって注目度・魅力度をアップさせているほか、町にゆかりのある著名人を観光資産として活用したりするなど(例:境町出身の現在美術アーチストで虎ノ門ヒルズの壁画でも有名な内海聖史氏のアトリエ)、境町オリジナルのブランド価値を高めるための取り組みを行っている。こうした投資は今後、大きく花開く可能性が高い。

 また「アミューズメントの拠点づくり」については、「ニコニコパーク」や隣接するBMX専用の「境町アーバンスポーツパーク」や「キッズハウス」「境町ホッケーフィールド」など町内に体験型アクティビティを満喫できる施設が次々と開設されている。「葵カフェ ハワイ境店」に隣接した空き地にも人工サーフィンの体験できるスポットが近々オープンの予定だという。

 境町の外から来た人(観光客)を自動運転路線バスが「商業と文化の拠点」や「アミューズメントの拠点」へと運ぶ。

 畑や雑木林に囲まれた農村地帯に点在するこうした拠点でも自動運転路線バスで巡れば、道に迷ったり交通事故に遭う心配もなく、初めて境町を訪れた家族や友人同士でも心おきなく楽しめるだろう。地元住民に加え、観光客が買い物や飲食で落としてくれるお金で境町のGDP(町内総生産)が上がり、結果として事業者から町に入る税収や家賃収入も増える。

建築家・隈研吾氏の設計によってリノベーションが行われた商業と文化の拠点「モンテネグロ会館」の脇、神社の鳥居のある路地を通過する自動運転路線バス。幹線道路を外れた農村地帯の路地では低速で安全重視であることがかえって大きな武器になる。動画はこちら(筆者撮影)

社会課題解決と経済の活性化を両立

 自動運転路線バスの搭乗と境町オリジナルな休日の楽しみ方の組み合わせは、観光客にとって得難い感動体験を提供するに違いない。「境町ファン」のリピーターを生むだけでなく、SNS上での推奨によって新たな観光客の来訪や「ふるさと納税」のさらなる獲得も期待できる。

 自動運転路線バスは境町の単なる広告塔ではなく、社会課題解決と経済の活性化を「トレードオン(両立)」させるための戦略的な投資であると考えると、その存在理由が腹にストンと落ちる。

 また、境町は「商業と文化の拠点」や「アミューズメントの拠点」に加えて、子育て・新婚世帯に対する手厚い支援策や町内の小中学校における先進英語教育の充実など、境町に住みたい人たちを増やすための魅力づくりに対しても積極的だ。最近5年ほどは転入が転出を上回り、人口の減少にも歯止めがかかりつつあるので、近い将来、外需だけでなく、町に移住してきた若い世代の住民による内需の拡大によってもGDP(町内総生産)の伸びが見込めるだろう。

 このように考えると、公共交通における自動運転のビジネスモデルは、「B to C(利用者に課金する)」ではなく「B to B(行政が費用を負担する)」の方がなじみやすいという佐治社長の主張に説得力・突破力があるように思えてくる。ただし、その際は境町のケースのように、行政主導で社会課題解決と経済の活性化の「トレードオン(両立)」が成立するように綿密に成長戦略が設計されるということが前提になる。

「スマートシティ」の「スマート」とは「行政が頭を使う」ということでもある。社会課題の解決という大義ばかりに目が行き、国や自治体の経済的な成長戦略が後回しにされるのなら、持続可能なビジネスとしての自動運転に明るい未来はない、ということだ。