また、新路線の終点「高速バスターミナル」は境町の北の玄関口で、圏央道の境古河インターチェンジにも近い。1日あたり9便、約15分の時間待ちで王子経由東京駅行きの高速バスと接続する。鉄道駅が町内に存在しない境町にとって、高速バスは東京との間を直接行き来できる唯一の公共交通手段である。

 今回、自動運転路線バスと高速バスとの接続が実現したことで、町「内」の移動は「低速度×多頻度」の自動運転路線バス(と民間の路線バス)が担い、町「外(東京)」への移動は「高速度×少頻度」の高速バスが担うという形で生活のためのモビリティの棲み分けが明確になったことは興味深い。

 路線が増えることで、必然的に現在3台ある自動運転バスのシフトも変わる。2路線をそれぞれ1台ずつのバスが受け持ち、残りの1台は今後計画されているオンデマンド(On Demand)対応専用として運用する。オンデマンドの配車予約のために「さかいアルマ」という、LINEをカスタマイズしたアプリを使っていく予定のようだ。

完全自動運転へ向けたバスのアップデート計画

 前回取材した3カ月前(2021年4月初旬)と今回とのオペレーション上の大きな違いは、運行のためにオペレーターとともに乗車を義務付けられていた保安要員がいなくなったことである。

 境町の自動運転路線バスは、国土交通省から道路運送車両の保安基準第55条による基準緩和認定を受けて公道での運行が許可されているが、約半年間無事故の運行実績から、保安員がいなくても安全な走行が可能であることが確認できたため、ボードリーと関係省庁などが保安要員の撤廃について合意をした。これは運用コストの中で大きな比重を占める「人件費の削減」という点で非常に大きな前進と言えるだろう。

 ボードリーの佐治社長は近い将来、イレギュラーな交通状況に対応するオペレーターの乗車さえも不要になり、文字通り高層ビルにおけるエレベーターのようにオペレーションルームから複数の自動運転バスを監視する形で完全自動運転が実現することを見据えている。

 そして、その時に向けてキーになるのは「顔パス(利用者の顔認証)」と「クラウド方式による信号協調」の2つの技術的なアップデートであるという。

「顔パス(利用者の顔認証)」については、料金収受が目的ではなく、完全自動運転中、利用者に不測の事態が起こることへの備えの意味合いが強い。高齢の利用者に顔とともに名前、住所、連絡先、基礎疾患の有無、かかりつけの病院などをあらかじめ登録してもらえば、急病の発生や乗下車時の転倒事故など万が一の対応も迅速になるだろう。もちろんプライバシー保護の観点から、個人情報をどこまで把握すべきか、という検討は必要ではあるものの、「顔パス(利用者の顔認証)」はオペレーターすら乗車しない完全自動運転の状況下で利用者の安心・安全を担保する心強い仕組みになるはずだ。

「クラウド方式による信号協調」は、自動車とあらゆるものをつなげるコネクテッド技術「C-V2X」(Cellular-Vehicle to X)のうちで、クルマと信号機を連携させる技術(C-V2I:IはInfrastructure)に区分されるものである。境町の自動運転路線バスは安全最優先の方針から、信号のある交差点では(たとえ信号が青でも)一旦停止するようプログラムされている。もし、バス側で「次にこの信号が変わるのは何秒後か」というデータを常時正確に把握できれば、青信号での一旦停止や、一旦停止した後、走り出した直後に信号が青から黄色に変わって緊急ブレーキがかかってしまうという事態を回避でき、乗り心地の改善につながるほか、後続のクルマとの追突事故のリスクも軽減できるだろう。しかも町内の特定の信号の情報を受け取るだけであれば、データは軽くて済むので、既存の4G通信(自動運転とセットで語られることの多い5G通信は不必要)でも十分対応できる。

 自動運転路線バスはこれら技術的なアップデートを重ねながら、文字通り「横に動くエレベーター」として今後は境町全域をカバーしていく予定だ。