エストニアの当局者は、「デジタル化を実現する上で最も重要なのは、お金でも技術でもない」と強調していました。それでは、何が重要なのでしょうか?

 電子国家エストニアの中核となっているインフラが、原則として国民全員が持つ「電子IDカード」(eID Card, Eesti ID-kaart)です。このカードは一見、日本のマイナンバーカードと似ているように思えます。しかし、実際には両者の間には多くの違いがあることに驚かされます。

 まず、カードの外観(いずれも見本)を比べてみましょう(下の写真)。

日本のマイナンバーカード(左)とエストニアの電子IDカード
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 一見してすぐわかることは、エストニアの電子IDカードには住所が書かれていないということです。

 エストニア当局は、「カードを落としてしまうリスクを考えれば、見られて困るような情報は、そもそもカードの表面には書かない」という考え方を強調していました。例えば、有名芸能人がカードを落としてしまい、そこに住所が書いてあれば、多くの人々が押しかけるかもしれません。「住所のような個人情報は共通データベースに保管すればよいのであって、わざわざカードの表面に書く必要はない」と考えられていました。逆に、個人番号については、「見られたら困る情報」とは捉えられていませんでした。

 これに対し、日本のマイナンバーカードでは、住所がカードの表面に書かれています。一方で、住所ではなく個人番号(マイナンバー)を隠すための目隠し付きのケースが配布され、カードは常にこのケースに入れるよう求められています。

 エストニアの考え方からすれば、「カードそのものを落としてしまえば、拾った人がカードをケースから出して情報を読むのは簡単ではないか。見られて本当に困る情報なら、そもそもカードの表面に書くべきではない」ということになるでしょう。

電子IDカードを「万能生活カード」に

 また、カードをケースに入れてしまうと、もう財布には入らないため、マイナンバーカードを家に置きっ放しにしている日本人は多いのではないでしょうか。じつは私もそのひとりです。

 エストニアの電子IDカードの基本的な考え方は、(後述するように)「パスポートや免許証、健康保険証、学生証、銀行カードなどの機能を全てこの電子IDカードに集約することで、出かける時にはこのカードだけを持ち歩けば良いようにする」というものです。このように、電子IDカードを「万能生活カード」にするという発想が、エストニアの制度の根本にあります。