2020年現在、VR市場は指数関数的な成長段階にさしかかっている。「仮想現実」と訳されるこの技術は、いまや遊びの範囲を拡大させるためのツールとしてだけではなく、様々なビジネスシーンでも活躍の幅を広げているのだ。そのインパクトを「AI(人工知能)以上に世界を変える」と評価する声もあり、人々の私生活や働き方を変えるのも時間の問題と見られる。では何故、VRの利用シーンが急速に増え始めたのか。そして今、VRのどのような活用例に注目すべきなのだろうか。「VRが変える これからの仕事図鑑」(光文社)の著者であり、XR(AR/VR/MR)技術を活用したコンテンツ制作などを手掛ける会社ハローの取締役 赤津慧氏に話を聞いた。
VRが市民権を得始めた要因
赤津氏が所属するハローは、XR技術を用いた映像制作やVTuberの企画開発、YouTuberのプロデュースといった事業を展開するコンテンツプロダクションだ。同氏はニューメディアプロデューサーとして、これらの企画全般を手掛けている。また、近年は大阪大学との産学連携を通じたロボット開発の他、メディアアートといった空間演出も行っており、活動の幅を広げている。
著書で触れられているように、「VR元年」と呼ばれた2016年を経て、VR市場は確実に勢いを増している。IT専門調査会社IDC Japanのレポートでは、2019年~2023年の5年間におけるAR/VR市場の年平均成長率は78.3%と予測されており、その成長スピードにも加速が見られるのだ。では、この背景にはどのような要因があるのだろうか。この点について赤津氏は次のように分析する。
「市場成長の要因として、ハードウェアの進化とソフトウェアの革新が挙げられます。ハードウェアについては、ここ3~4年でハイスペック化・低価格化が進んでおり、急速に一般の方へVRが普及した印象です。例えば、FacebookのOculus Go(オキュラス ゴー)が2万円台で発売されましたし、外部センサーを使わずにHMDのみでVR空間を歩き回れるOculus Quest(オキュラス クエスト)も一般の方が手に届く価格帯になりました。 これまではVRを体験しようとすると、ゲーミングPCとヘッドマウントディスプレイを買うために30万円弱はかかっていました。それが5万円前後で済むようになった影響は大きいでしょう。
ソフトウェアについては、『ソーシャルVR』といった新たなプラットフォームの影響が大きいと感じます。これは同じVR空間内にログインした複数人でコミュニケーションをとれるもので、いま急速にユーザー数が増えています」(赤津氏)
新たなテクノロジーが市民権を得る上で、製品の低価格化は必要不可欠だ。そして、ひとたびユーザーが増え始めると、ネットワーク効果によって技術の普及が爆発的に広がる。今、VRはキャズムを越えて、次のステージに足を踏み入れたといっても過言ではないだろう。
一方で、会議などのビジネスシーンについてはどうだろうか。この点について赤津氏は、VR会議の例を挙げた。
「現状は会議の参加者全員がVRデバイスを持つ必要があるため実現に向けたハードルがあるものの、今後はバーチャル空間で会議をすることも増えてくると予想します。通常の会議では、他の参加者の動きを必要以上に注意深く見てしまったりするものです。でも、VR会議では過剰に他の人の顔色を伺う必要がないので、本質的な議論を進めやすいと感じます。
最近浸透しつつあるテレビ会議も便利ですが、資料の共有や感覚的な事柄を説明する際に課題が残ります。その点、VR会議ではホワイトボードのようにその場で図を書いたり資料を貼ることもできますし、ジェスチャーでも伝えられます。さらに資料が三次元の場合、その場に3DCGを表示させつつ、議論することも可能です」(赤津氏)
VR会議では周囲の環境全体がバーチャル空間となるため、参加者は議論のテーマや提示された資料に意識を集中しやすく、情報共有のしやすさにも長けているという。無駄な情報を削ぎ落すことに加え、伝達できる情報を拡張することでビジネスコミュニケーションを円滑化できる点は、VRがもたらす新たな価値の一つなのかもしれない。