都内の拠点の一つWeWork 城山トラストタワー。開放的なコミュニティスペースは、働く場所の概念を覆すものだ ©︎WeWork Japan

 洗練されたラウンジでコーヒーを飲みながら、顔見知りになったビジネスパーソンと交わした会話がきっかけとなり、新しいビジネスが生まれる・・・。いかにもそんな出合いが起こりそうなコミュニティ型ワークスペースWeWork(ウィーワーク)が、日本に上陸して1年半が経つ。相変わらず高い人気を誇るこの新しいワークスペースだが、日々どのようなことが起こっているのか。

世界111都市528拠点超
急速に増殖するワークスペース最新系

「この先爆発的にスケールする・・・」「PoC(概念実証)がもうすぐ完了するから・・・」「昨日リリースしたサービスに3社からファイナンスが付く予定・・・」。いずれも都内のワークスペースから聞こえてきた会話の断片だ。場所はWeWork。現在急速に拠点数を増やし、数多くのコワーキングスペースがひしめく中でも、ひときわ大きな存在感を放っている。

 WeWorkは2008年、米NYで原型となるシェアオフィスから事業をスタート。またたく間に多くの企業の心を捉え、2019年6月時点の拠点数は、グローバル111都市に528拠点を数える。

 発祥のアメリカをはじめ、ヨーロッパではイギリス、フランス、ドイツ、オランダ、イタリア、スウェーデンなどに拠点がある。その他、南米やアジア、シリコンバレーと並んでイノベーティブな企業誕生の地として注目を集めるイスラエルにもある。

 アジアでは、中国、ロシア、韓国、台湾、香港、そして日本にネットワークを広げている。日本に上陸したのは2018年2月だ。日本初の拠点となる六本木の「WeWorkアークヒルズサウス」を皮切りに、東京では丸の内、銀座と拠点を増やし、現在では20カ所を数える。東京以外では、横浜、大阪、福岡、名古屋、そして11月には神戸への進出と、主要都市へ拡張を続けている。

 いずれの拠点もローンチすればまたたく間に空きがなくなる。多くのコワーキングスペースやサービスオフィスがそうであるように、WeWorkもビジネスをスピーディーかつ最小規模から始められる仕組みが整っている。思い立ったその時からすぐに事業を始められ、成長に合わせて自在に規模を変えられる。

 ただ、こうした利便性だけがWeWorkの人気を支えているわけではない。オフィスとは思えないようなスタイリッシュでくつろいだラウンジ、淹れたてのコーヒーやお茶、ビールまで楽しめるホスピタリティ、メンバー(入居者)をつなぎ、新しいビジネスを生み出す環境をつくるコミュニティ、そして、グローバル進出を支えるワールドワイドな拠点網。これらの魅力が、そのままWeWorkのブランド力として、さらに新たな利用者を引き寄せている。

 こうしたメリットは、スタートアップだけではなく、大企業も強く惹きつけている。大企業には、有望なスタートアップや個人と出会い、新事業の開発や共創のきっかけをつかみたいというニーズが強い。オープンイノベーションの文脈でもWeWorkに期待が集まっているのだ。

 というのも先述のラウンジなど、コミュニケーションを促進するハード面の工夫だけでなく、WeWorkにはソフト面のサポートにも見るべきものがあるからだ。他拠点も含めたメンバー同士がコミュニケーションを計るのに欠かせないメッセンジャー機能付きの専用アプリ、さまざまな拠点で毎日のように行われている大小のイベント、メンバー間の交流を深めて新しい出会いを演出する懇親会などがそれだ。ビジネスを拡張しようと思えばチャンスはいくらでもある。

遠目で見ていた企業のホンネ
「で、どれくらい効果あるの?」

 そうした中、WeWorkに興味を示す企業経営者や新規事業担当者が知りたいのは、「実際にどんな効果が出ているのか?」。その一言に尽きるだろう。メンバーの中に起こり始めている化学反応をいくつか見ていきたい。

 例えば株式会社クオカードと株式会社サムライパートナーズによる協業は、直近で注目すべきメンバー同士のコラボ事例と言える。クオカードは「QUOカード」を発行する事業会社だが、デジタル時代に合わせてスマホ決済を可能にする「QUOカードPay」を開発するためのデジタル人材獲得、事業推進体制の拡充と本格運用に向けてR&D機能を持った「デジタルイノベーションラボ」を、東京駅にほど近い「WeWork丸の内北口」(東京・丸の内)に設置。その後、一定の人材を獲得し、規模拡大のために「WeWork東京スクエアガーデン」(東京・京橋)に移した。

 一方のサムライパートナーズは、主に食品業界の営業や財務の支援を行うコンサルティング会社で、「WeWork丸の内北口」のメンバーだ。一見繋がりがないように見える両社だが、1000円分のQUOカードPayを景品にした、即席めん「ぺヤング」で有名なまるか食品株式会社のプロモーション施策を共創した。まるか食品は、サムライパートナーズの顧客企業の一つで、販売ではローソンもプロジェクトに加わった。

 同じWeWorkのメンバーとは言え、現在の両社の拠点は異なる。そんな中で両社の接点となったのは、クオカードが催したQUOカードPayローンチパーティーだ。そこにサムライパートナーズが参加、パントリー(WeWorkに設置されているキッチン。コーヒーやビールなどを提供しているスペース)でビールを飲みながら話が盛り上がり、「何かやりましょう!」となったという。いかにもWeWorkらしいエピソードだが、構想からPR戦略、パッケージやカードのデザインなどプロモーション実施まで5カ月というスピード感もまた、スタートアップのカルチャーがあふれるWeWork流といえる。

左からサムライパートナーズの安高聡平氏、クオカードの瀧上宜哉氏、同社の赤坂奈留美氏、サムライパートナーズの入江巨之氏 ©WeWork Japan

 全く異なる事例もある。このところWeWorkには、地方自治体が入居するケースが相次ぎ、ちょっとした話題となっている。これはWeWorkをグローバルに見渡しても他にはない動きだという。火付け役となったのは静岡市で、現在では神奈川県や、熊本市、北海道・上士幌町・帯広市、福岡県・嘉麻市などもメンバーになっている。先ごろ、パイオニアの静岡市に、さっそく成果があった。

 静岡市の主な狙いは、市の㏚と地元企業支援だ。2018年10月から3カ月間のトライアルで入居した同市だが、その“タイムリミット”中に計4回のイベントをWeWorkで実施、約150社のメンバー企業と接触したという。その中からつかみとったのが、家電量販店を展開する株式会社コジマ(ビックカメラグループ)との、地方創生の推進に向けた連携協定だ。この協定は、静岡の名産品をコジマの店舗で販売するなどの協業をイメージしたもの。通常の行政の慣行ではありえないスピードで話が進んだ。この展開に、関係者は「WeWork効果」を実感しているという。ビックカメラも「何かやるためにジョインした」WeWorkメンバーだ。共通するマインドがイノベーションを倍速でドライブさせている。

左から静岡市経済局商工部産業振興課主査の松木喜伯氏、同総務局市長公室東京事務所主査藤澤翔氏 ©WeWork Japan

日本を代表する大企業にも動き
アサヒビールに見るWeWork活用術

 今まさに進行中のプロジェクトもある。「WeWork東急四谷」(東京・四ツ谷)のメンバーであるアサヒビール株式会社の取り組みだ。

 同社は、32年ぶりに外部から役員を招いた。同社専務の松山一雄氏だ。言うまでもなく、アサヒビールは「スーパードライ」を軸とした商品を世に送り出す“超”が付く優良企業だ。新卒者の人気も高い。だが、同社にとって異例の人事から見えてくるのは、いかに現在の事業が盤石であっても、激変する経営環境の下では油断は禁物だという警戒感だ。時代は変化に強い組織を求めている。

 今回、アサヒビールのWeWork入居を主導したのは、ほかならぬ松山専務自身だという。松山氏はアサヒビールに加わり、同社が130年にも及ぶ伝統ある企業ゆえの弊害を持っていることを実感したという。自前主義が強く、新しいことに取り組むスピードが遅い。そうした企業が異文化との接触を志向しようとする時、WeWorkは絶好のカルチャーを持っている。そう感じての決断だったのだ。

松山専務直下の事業推進室始動とWeWork
変化への歩みを進めるアサヒビール

 アサヒビールには明確な新事業のイメージがあったわけではない。ただ、経営全般、中でもマーケティングの領域で改革を起こしたいという思いがあり、松山専務は直下に「事業推進室」を設けた。決裁も予算執行も松山専務が行う。アサヒビールにとって異例の組織だ。

左からアサヒビールの浜田氏、濱田氏、三橋氏 撮影:小瀬川理恵

 今回取材で話を聞いた事業推進室担当部長の浜田晃太郎氏は開発・研究・技術戦略担当、担当副部長の三橋憲太氏は経営企画・営業戦略担当、同じく担当副部長の濱田美晴氏はデジタル・マーケティング戦略担当。全員WeWorkに席がある。確保したのは東急四谷の4席ある1室だ。もう1席は、プロジェクトに必要なスタッフを都度組み入れるために空けてあるという。

 事業推進室の陣容は全部で8名(2019年8月現在)。全部署から中堅の優秀な人材を集めた横断型の構成だ。経営企画から商品開発、生産、営業などがそろい、いわば同社の縮図である。そこからWeWorkに入った3人は、新しいきっかけを確実につかみ、ワンストップで本社につなぐミッションを負う。

 WeWork入居に当たり、格別のKPIはないという。「まずは何が必要なのか探ってこい」というのが使命だ。言わばリサーチフェーズというわけだが、伝統的な企業の一角にイノベーションの空気を吹き込む効果は大きい。強固な体制で主軸事業を推進する企業では、変革の兆しは生み出しづらい。アサヒビールは、WeWorkを触媒にして変化の一歩を踏み出したかっこうだ。このアプローチは、多くの企業の参考になるだろう。

AXS(アクロス)プロジェクト発進
WeWorkから内外に示した「変化の意思」

 入居から4カ月。三橋氏は、自社とは異なるカルチャーの中に飛び込んだことを実感しているという。「いろいろな会社のイベントに参加したり共催させていただいたりしている中で、その会社の強みで当社の課題を解決できるのでは、と担当部署に引き合わせたりしています。これまで他の業界と接触する機会が極端に少ない環境でしたから、とても新鮮に感じます」。

 一方で、濱田氏は別の体験をしている。「入居したころ、頻繁に『アサヒビールさんはどんな目的で入られたんですか』と尋ねられて戸惑いました。われわれは具体的な目的もKPIの設定もしていませんでした。でもWeWorkにいる方々は、イノベーションを起こすという明確な意思を持っていることを思い知らされました」。これは裏を返せば、“アサヒビールはイノベーションを起こす”ことの意思表明にもなる。

 こうした気づきの間も時間は経過していく。初期のネットワーク構築だけではない“何か”が必要な時が迫っていた。スタッフ間で検討の末に生み出されたのが、今回のAXS(アクロス)というプロジェクトだ。これはアサヒビールが抱える課題をWeWorkメンバーに提示して、一緒に解決してくれるパートナーを募るというものだ。単にアイデアを募るだけではない。提案者と共にビジネスを行い、しっかりと利益を出すことを目指す共創モデルだ。着想したのは濱田氏だ。「AXSとは『ASAHI CROSS PROJECTs』の略称で、テーマはずばり『アサヒのアキレス(腱)をWeWork企業で解決する』ことです」と語る。

 提示された課題は二つ。

1.お酒を飲まない人に、お酒を飲むようになってもらいたい(0⇒1)
2.お酒離れを抑止したい、もしくは離れた人にも何か提案したい(100⇒10⇒100)

 当初社内から、外部に課題をさらけ出すことや、「提案を持ってこい」と“上から”に映るなどの違和感が出たという。だが松山専務からは、「問題ないから取り組め」と言われ、相談してから3日ほどでWeWorkのメンバーネットワークに投稿。これまでの同社のカルチャーからは考えられない展開に、濱田氏もワクワクしたという。

 今回アサヒビールは、自社だけが利することを考えているわけではない。「自分たちが抱える課題は、酒類業界全体が感じているテーマでもあるはず」との信念の下、変化するニーズに対して、酒類業界全体で考えたいとの思いがにじむ。

 試みを始めて2週間ほどで数件の打診があるなど反応は上々だというが、意図が伝わっていない部分もあり、募集要項の表現など、改善の余地もあるようだ。ただ、これについても松山専務は「スモールでもいいから始め、失敗したら修正すればいい。そして、本当にダメだったらやめればいい」と背中を押す。浜田氏もWeWorkへの入居を機に意識改革が進めば、と感じている。「当社には、新しい提案をすると『既存事業とのハレーションが気になる』といった理由で思考停止してしまうところがあります。こうした意識を変え、アジャイルに物事を進める流れをつくりたい」と語る。浜田氏は、WeWorkにいる今を、「孵(ふ)化するまでのゆりかご期」と位置付ける。

 今回の取材は、アサヒビールが入居するWeWork東急四谷で行った。まだまだ始まったばかりのプロジェクトだけに、取材中もメンバー間で意見交換が行われるなど、ライブ感と熱量を感じながらのインタビューとなった。これもまたこの共創空間ならではの効果かもしれない。

 WeWorkでは、今年中に虎ノ門、三宮(神戸)、梅田(大阪)、晴海、渋谷、新宿と注目の拠点のオープンも控えている。今後もこの場所から生まれる化学反応をウオッチしていきたい。