AXS(アクロス)プロジェクト発進
WeWorkから内外に示した「変化の意思」

 入居から4カ月。三橋氏は、自社とは異なるカルチャーの中に飛び込んだことを実感しているという。「いろいろな会社のイベントに参加したり共催させていただいたりしている中で、その会社の強みで当社の課題を解決できるのでは、と担当部署に引き合わせたりしています。これまで他の業界と接触する機会が極端に少ない環境でしたから、とても新鮮に感じます」。

 一方で、濱田氏は別の体験をしている。「入居したころ、頻繁に『アサヒビールさんはどんな目的で入られたんですか』と尋ねられて戸惑いました。われわれは具体的な目的もKPIの設定もしていませんでした。でもWeWorkにいる方々は、イノベーションを起こすという明確な意思を持っていることを思い知らされました」。これは裏を返せば、“アサヒビールはイノベーションを起こす”ことの意思表明にもなる。

 こうした気づきの間も時間は経過していく。初期のネットワーク構築だけではない“何か”が必要な時が迫っていた。スタッフ間で検討の末に生み出されたのが、今回のAXS(アクロス)というプロジェクトだ。これはアサヒビールが抱える課題をWeWorkメンバーに提示して、一緒に解決してくれるパートナーを募るというものだ。単にアイデアを募るだけではない。提案者と共にビジネスを行い、しっかりと利益を出すことを目指す共創モデルだ。着想したのは濱田氏だ。「AXSとは『ASAHI CROSS PROJECTs』の略称で、テーマはずばり『アサヒのアキレス(腱)をWeWork企業で解決する』ことです」と語る。

 提示された課題は二つ。

1.お酒を飲まない人に、お酒を飲むようになってもらいたい(0⇒1)
2.お酒離れを抑止したい、もしくは離れた人にも何か提案したい(100⇒10⇒100)

 当初社内から、外部に課題をさらけ出すことや、「提案を持ってこい」と“上から”に映るなどの違和感が出たという。だが松山専務からは、「問題ないから取り組め」と言われ、相談してから3日ほどでWeWorkのメンバーネットワークに投稿。これまでの同社のカルチャーからは考えられない展開に、濱田氏もワクワクしたという。

 今回アサヒビールは、自社だけが利することを考えているわけではない。「自分たちが抱える課題は、酒類業界全体が感じているテーマでもあるはず」との信念の下、変化するニーズに対して、酒類業界全体で考えたいとの思いがにじむ。

 試みを始めて2週間ほどで数件の打診があるなど反応は上々だというが、意図が伝わっていない部分もあり、募集要項の表現など、改善の余地もあるようだ。ただ、これについても松山専務は「スモールでもいいから始め、失敗したら修正すればいい。そして、本当にダメだったらやめればいい」と背中を押す。浜田氏もWeWorkへの入居を機に意識改革が進めば、と感じている。「当社には、新しい提案をすると『既存事業とのハレーションが気になる』といった理由で思考停止してしまうところがあります。こうした意識を変え、アジャイルに物事を進める流れをつくりたい」と語る。浜田氏は、WeWorkにいる今を、「孵(ふ)化するまでのゆりかご期」と位置付ける。

 今回の取材は、アサヒビールが入居するWeWork東急四谷で行った。まだまだ始まったばかりのプロジェクトだけに、取材中もメンバー間で意見交換が行われるなど、ライブ感と熱量を感じながらのインタビューとなった。これもまたこの共創空間ならではの効果かもしれない。

 WeWorkでは、今年中に虎ノ門、三宮(神戸)、梅田(大阪)、晴海、渋谷、新宿と注目の拠点のオープンも控えている。今後もこの場所から生まれる化学反応をウオッチしていきたい。