ブリュッセルの欧州委員会本部。しかし、EUの各総局(DG)はここには入りきらず、周辺の建物に分散して入居している。教育文化総局もそうであった。
日本のオープンイノベーション促進には何が必要なのか? 通商産業省/経済産業省で貿易振興、中小企業支援などに携わり、現在はベンチャーエンタープライズセンター理事長を務める市川隆治氏が、諸外国の実例とデータに基づき、オープンイノベーションの環境について議論を重ねていく。(JBpress)
【第11回】「高校生への『起業力』教育が日本の社会を変えていく」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54956)
スタートが遅い日本の起業力教育
ベンチャーエンタープライズセンターは、毎年ベンチャー企業に対してアンケート調査を実施し、その結果を「ベンチャー白書」に掲載しているが、今回は初めての試みとして、ベンチャー企業創業者に対して「起業に至る経緯等の調査」を実施した。その中で2つの項目について注目したい。
第11回の記事において、スウェーデンの Chalmers School of Entrepreneurship の教授の話として、「ヨーロッパでは起業力教育は“Value for others”に力点が置かれているが、米国では“Value for myself”に力点がある。そこに米欧間のニュアンスの違いがあり、日本人の思考回路はヨーロッパに近いと言えるのかも知れない」と紹介した。
そこで、次の「起業の動機」についてのアンケート結果を見てもらいたい。
出典:「ベンチャー白書2018」拡大画像表示
日本においても、「経済的な成果を得たい」という動機は4分の1に留まり、「社会的な課題を解決したい、社会の役に立ちたい」という回答が6割を占めている。ヨーロッパとの親和性が見られると言ってもいいのではないだろうか。
また、「起業に関する教育、研修をいつ受けたか」という設問に対しては、そもそも受けたという回答が4割を割っており、その回答者が「いつ受けたのか」という設問に対しては、「大学・大学院」が半分近くを占め、「中学・高校」にいたっては1人だけというさみしい結果となっている。
出典:「ベンチャー白書2018」拡大画像表示
まさに、これが日本においてベンチャーがもうひとつ盛り上がりに欠けるという「教育」の問題を表していると思う。この「中学・高校」のグラフが100%になるくらい、高校までの間に起業力教育を全生徒が受けることになれば、日本は相当変わってくるのではないかと考えている。
教師に対する教育
ブリュッセル公園の横で偶然に遭遇した騎馬隊。石畳の上を闊歩する蹄鉄の小気味の良い音とトランペットのファンファーレで、しばし過去にタイムスリップ。要人の警護のようだった。
私自身は、第6回および第7回で紹介したように、米国の高校での起業力教育、そしてそれを盛り上げる全米+諸外国の高校生大会「DECA ICDC」を見てきているので、およそのイメージは掴めている。
だが、今の日本の高校教師に、いきなりそれと同じ起業力教育を始めろと言ってみたところで、実現はおぼつかないどころか不可能であろう。つまり、まず教師に対する起業力教育研修が不可欠なのである。
この点について第11回で紹介した、“Entrepreneurship Education at School in Europe”レポートに立ち戻り、どのように記述されているかを見ていきたい。
「教師に対する教育とサポート」は非常に重視されており、同レポートが全体5章構成となっている中で、第4章で取り上げている。もちろんヨーロッパといえども、国によって多少の強弱はあるのであるが、いわばその上澄みをすくうとすれば次のようになろう。
「起業力教育を学校で効果的に実施するためには、教師が重要な役割を担う。起業力教育においては、知識よりもおそらく態度や振る舞いがより重要となる。・・・生徒が多かれ少なかれ受け身になる伝統的な教育方法で教えることは難しく、現実世界から実践的な学習機会を活用するような、アクティブで、学習者が中心となるやり方が必要となる。・・・このような変化に適応するには、教師自身が教育を受ける仕方を大々的に変える必要がある」
「すべての見込みのある教師が、起業力教育を教える訓練を受けなければならない」
「欧州委員会が採用した広義の起業力教育によれば、起業力教育を教える教師には、次の5つのスキルが必要であると思われる。
・プロジェクトベースのアプローチ
・教科書に加え、ケーススタディの活用
・学際的なアプローチ
・グループプロセスおよびグループ間の相互交流
・(教えるのではなく)コーチとして振る舞う」
「見込みのある教師が起業世界の現実に触れるのには、2つの方法がある。
・外部のステークホルダーを招く
・企業、社会的事業やNGOを訪問」
「必要な能力を発展させるためには、学習を継続することが重要」
「起業力教育の実施をサポートするためには、ガイドライン(学習スキーム、レッスンプラン、先進事例、ケーススタディ)の策定、教材の作成、専門センターの設置、(先進的な教師と新規参加者との間のネットワーキングの機会を提供する)教師のネットワークの設置が必要」
読んでいて非常に共感を覚える。というか、既に第4回以降、幾度となく説明してきた私の教育改革に対する考えと、ほとんど同じなのに驚いている。
欧州委員会の“EntreComp”
さらに同レポートの内容を深く知るために、1月末にブリュッセルの欧州委員会教育文化総局を訪れた。
欧州委員会教育文化総局の玄関。他の総局の建物と異なりカラフルだった。
前回「起業家教育」という用語では起業のためのテクニックを教えるという狭義になってしまうので、「起業“力”教育」という新語をひねり出し、広義の起業する力、その情熱を育成する教育ととらえるべきではないかと提案した。
欧州委員会においても、高校生まではまさに広義での“entrepreneurship education”をとらえているということだった。いろいろなレポートの中で「能力としてのentrepreneurship(entrepreneurship as a competence、省略して“EntreComp”という造語があった)」という表現が目立つ。
そして“EntreComp”は次の15の能力だと整理している*1。
1. アイデアとチャンス
1.1. チャンスの発見
1.2. 創造性(creativity)
1.3. ビジョン
1.4. アイデアの価値化
1.5. 倫理的で持続可能な思考
2. リソース
2.1. 自己意識
2.2. モチベーション
2.3. リソースの動員
2.4. 財務的経済的能力
2.5. 他のステークホルダーの動員
3. 行動
3.1. イニシアチブを取る
3.2. 計画し運営する
3.3. 不確実性やリスクに対処する
3.4. チームで行動する
3.5. 経験から学ぶ
1.2.の創造性や3.4.のチーム形成の重視はアメリカ流の踏襲とも言えるが、1.5.が単に持続可能なだけではなく、「倫理的」思考となっているところが、ヨーロッパ的と言えるのかも知れない。
*1:“EntreComp: The Entrepreneurship Competence Framework”レポート。
アメリカと欧州を参考にした教育を
一番の課題は「教える側の教師をどう育てるか」であるが、そのために欧州とその周辺国の約40カ国が参加するネットワーク“Eurydice”を運営しており、教師が迷う場合はこのネットワークが威力を発揮すると言っていた。
なお、この名称はギリシャ神話から取っているということだったが、その真意までははっきりしないようだった。おそらく、前を向いて後ろを振り向いてはいけないというくらいの意味ではなかろうか。
少し意外だったのは、アメリカの起業力教育をそのまま取り入れているのかという質問に対して、もちろんアメリカのやり方は大いに参考にしているが、欧州各国で独自の教育方法を考案しているという回答だった。
また、雇用創造という観点にも重点が置かれ、起業力教育を教育の世界と労働の世界の橋渡し的役割と捉える考え方にも、アメリカとのニュアンスの違いを感じた。
このような欧州委員会の取り組みはまだまだ緒に就いたばかりで、Eurydiceレポートも2012年にごく小規模のものを作成してから、2016年に今回のような大々的なレポート*2を作成したばかりで、今後はさらに起業力教育の効果を見ていく必要があるということであった。
日本としてもアメリカ流の起業力教育を師としつつも、このような欧州の取り組みをも参考としつつ、高校までの間に全生徒が一度は起業力教育を受ける体制を整えていくことが必要であると、ブリュッセルから帰ってあらためて考えた。
*2:前述の“Entrepreneurship Education at School in Europe”レポート。





