1 はじめに
東日本大震災がもたらした地震・津波災害と2次的に発生した福島第一原発事故の脅威に、科学技術立国を標榜する先進国の日本が蹂躙された。全国民はもとより世界中が驚愕し我がことのように関心を寄せているのは、科学技術を超えた自然の脅威に「明日は我が身」と畏怖を感じているからに相違ない。
そしてあの衝撃の3.11から40日。ようやく事業者である東京電力から事故の終息に向けたロードマップが示されたものの、不確定要素が多く時間軸の定かでない項目列挙との感が否めない。
このままではまさしく「FUKUSHIMA」の名称は、未曾有の大災害にもかかわらず見事に難局を切り抜けた奇跡の代名詞でなく、あのチェルノブイリに並び称されるような悲劇の固有名詞になりつつある。
筆者は、震災からちょうど1カ月後にシンガポールで開催されたアジア太平洋CBRN-E会議(C:化学、B:生物、R:放射能、N:核及びE:爆発物に起因するテロ、自然災害対処に関わる軍・民専門家会議)に出席する機会を得た。
折しも、我が国政府が福島原発事故をチェルノブイリと同じ規模であるレベル7と評価し表明した時期に重なり、プログラムの一部が変更され、我が国の地震・津波災害と福島原発事故の2項目が特別に設けられ、我が国関係者(個人資格)からの現況報告と暫定的な教訓事項等について意見交換が行われた。
また、筆者も原発事故に関する意見を求められ私見を表明し、参加者と個別に意見交換することができた。この中で米国はじめ先進各国から問われたのは、主に以下の3つであった。本リポートではこれを基に私見を述べてみたい。
(1)情報開示が不十分であり、その為に各国は疑惑を募らせている(情報開示)
(2)誰が事故処理の全てをコントロールしているのか。一事業者でこの事故に対応可能なのか(法令の適用と限界)
(3)福島第一原発地域は永久汚染地域になるのか(福島はチェルノブイリになるのか)