国際通貨基金(IMF)が2009年の世界経済成長率予想を戦後初のマイナスである▲1.0~▲0.5%に引き下げるなど、米国発の「ドミノ倒し」的な景気悪化が続いている。こうした中で、債券市場はもっぱら国債需給悪化・財政放漫化懸念という観点から、株式市場は景気底入れを促す援軍への期待感からと、市場ごとに見る角度の違いはあるものの、各マーケットはこのところ財政政策への関心を強めている。しかし、筆者の目には、債券市場の財政リスク警戒はあまりにも過大であり、株式市場の財政政策への期待感は1990年代の教訓を消化しきれていないもののように映る。

 日本の追加景気刺激策の規模については、本来は財政規律重視派の与謝野財務・金融・経済財政相が22日のテレビ朝日番組で、「2兆~3兆円という話ではなく、そんな規模ではとても世の中で起きていること、起きそうなことに対応できない」と述べるなど、大きめの数字になる可能性が高くなっている。財務省によると、過去最大の補正予算は、緊急経済対策関連で編成された98年度第3次補正の約7兆6000億円(3月22日付 読売新聞)。また、98年度は第1次補正で3兆4927億円、第3次補正で3兆7714億円、合わせて7兆2000円を超える公共事業費等が計上された。これらの数字を念頭に、与党内では、いわゆる「真水」で8兆~10兆円ないしそれを超える数字が、追加対策の規模の目安として語られることが多いようである。

 しかし、財政出動の問題点は、いくつもある。特に、いまの日本のように財政事情がもともと非常に厳しい国の場合、「まず金額の大枠を決めてから中身を埋めていく」式のやり方では、将来の経済成長にはつながりにくい不要不急の事業が紛れ込むリスクが高くなる。報道によると、「物流拠点となる港湾の整備や高速道路網の完成前倒しなど、将来の経済成長に資することが期待される事業が中心となっているが、自民党幹部が国土交通省に該当個所を例示させたところ、港湾で2000億円程度、道路で1兆3000億円程度しかなかった」という(3月23日付 読売新聞)。さもありなん、である。そこで、「財政規模は翌年度以降の分も含めた総額で明示する案も浮上している」という(同)。

 財政事情が悪い上に人口減少・少子高齢化の進展ゆえに国内需要の「地盤沈下」が進んでいる日本の場合、景気刺激策は、「需給ギャップの何割を埋めるべき」といったトップダウンで規模を決めていくのではなく、本当に必要な施策だけを、特にコストパフォーマンスの良いものを中心に、ボトムアップ方式で積み上げていくべきものであろう。それができずに、結果的に無理やり規模を膨らませるということになると、追加景気刺激策は単なる「需要の先食い」と同時に国債増発を通じた「数が減る次世代への負担の先送り」ということになってしまう。

 白川日銀総裁は19日の記者会見で、次のように述べていた。総裁が口にした長期金利の考え方は、筆者が名目GDPと10年債利回りについて、常々コメントしている内容と同じである。「例えば10年物の金利を考えた場合、先行き10年間経済がどの程度成長するか、物価がどの程度上がるかということに基本的に依存し、加えて成長率や物価上昇率の予想についての不確実性が上乗せされるわけです。もちろん市場ですから、日々いろいろな材料で上がったり下がったりするわけですが、結局、均してみると先程申し上げた要因で長期金利の水準は決まってくると思います」

 追加景気刺激策が単なる「需要の先食い」と「負担の先送り」になってしまうと、将来期待される経済成長率や物価上昇率が抑え込まれることを通じて、むしろ長期金利低下の要因になるとも考えることができるだろう。

 一方、米国では、金融安定化や景気刺激の目的から財政政策が追加で出動する余地が限られることが、ますます鮮明になりつつある。

 日本ではG7での失態から財務大臣が辞任に追い込まれたが、米国では公的救済が行われた大手保険会社の巨額のボーナス支払い問題を巡り、ガイトナー財務長官の進退問題が浮上。オバマ大統領自らがかばう事態に発展している。米下院はボーナスに90%課税する法案をスピード可決し、上院の対応が注目されている。不良資産救済プログラム(TARP)増額などによる公的資金注入枠拡大は、米国民世論の強い反発からみて、当面困難と言わざるを得ないだろう。また、今回の問題から、公的資金による救済スキームに関わる場合には当局から厳しい監視を受ける可能性が高まったことで、不良債権に関連したスキームへの民間のリスクマネー参入が進みにくくなるという影響も出てきている模様。ようやくスタートした米連邦準備理事会(FRB)のターム資産担保証券貸し出しファシリティー(TALF)は、19日に申し込みが締め切られた第1回が47億ドルという、きわめて低調なスタートになった。

 さらに、20日には、議会予算局(CBO)が財政見通しを発表。2009会計年度の財政収支は、オバマ政権が提示している▲1兆7520億ドルよりも赤字幅が約1000億ドル大きい▲1兆8450億ドル。しかも、その先の年度は財政収支改善があまり進まない内容になっている。景気刺激を目的とした財政追加出動もまた、予想される議会共和党の反対姿勢を考えると、現実問題としては非常に難しくなったと言えるだろう。

 このように、マーケットが関心を強めている財政政策関連の問題については、対策の規模など表面的な事柄だけを見るのではなく、冷静に「虚と実」、あるいは政策発動の限界を見極めていく必要があると考える。筆者は引き続き、日米ともに、長期金利は一段と低下するものと予想している。