空前の1兆ドルに迫る景気対策法案の審議が、米議会で本格化してきた。この中で、公共事業に米国製品の調達を課す「バイ・アメリカン」条項の論争が熱を帯びている。これを推進する製造業界や労組に対し、米国内外から「百害あって一利なし」との批判が続出。就任後100日間のハネムーン(蜜月)早々から、オバマ大統領は指導力を試されている。

 「バイ・アメリカン条項を景気対策法案に盛り込むのは常識だ」。条項推進派の急先鋒シェロッド・ブラウン上院議員(民主)はこう言い切る。ブラウン議員は製造業の衰退が著しいオハイオ州の選出。大恐慌以来の経済危機下、同州の昨年12月の失業率は7.8%と22年ぶりの水準まで悪化しており、地元の雇用確保になりふり構っていられない。

 下院は1月末に景気対策法案を可決。この中に、道路や橋といったインフラ整備に使う鉄鋼について、米国製品の調達を義務付ける「バイ・アメリカン」条項を盛り込んだ。2月2日から法案審議が始まった上院は、鉄鋼以外の一般工業製品にまで適用対象を拡大している。

 もともと米国には、連邦政府と各州政府に政府調達や公共事業で自国産品優先を課す様々な法律がある。このうち、基本法的な存在である「バイ・アメリカン連邦法」は、大恐慌最中の1933年に制定。公共の利益に反する場合や、米国製品価格が外国製より6%以上高い場合などを除き、連邦政府の調達は国産品優先を原則としている。

 ただ、既存のバイ・アメリカン関連法規はウルグアイ・ラウンド実施法に基づき、大統領権限で世界貿易機関(WTO)の政府調達協定参加国などに対し、適用の除外を認めている。このため、「WTO協定違反ではない」との解釈が一般的だ。

中国対抗なら、日本企業に大打撃

 これに対し、議会で審議中の景気対策法案に盛り込まれたバイ・アメリカン条項には、「WTO協定に抵触するのでは」(通商筋)との懸念がつきまとう。とりわけ、工業製品全般に適用を拡大した上院の法案には懸念が強い。米国や日本などが加盟するWTO政府調達協定は、「内外無差別原則」の例外規定を設けているが、全工業製品の例外扱いは許容範囲を逸脱していると見られるためだ。

「バイ・アメリカン」条項とは?

バイ・アメリカン期待、米鉄鋼業界〔AFPBB News

 主要20カ国・地域(G20)は昨年11月の金融サミット(首脳会合)で、保護貿易主義に反対していくことを申し合わせた。このため、バイ・アメリカン条項は国際合意を破るものとして、各国は一斉に反発している。欧州やカナダに続き、日本も藤崎一郎駐米大使の名で米政府や議会に懸念を表明した。

 自由貿易維持の美名の下、各国とも米国の景気対策がもたらすビジネスチャンスを逃すまいと必死だ。カナダは土木・建築用の柱に使うH形鋼の売り込みを狙う。オーストラリアが鉄鉱石、欧州連合(EU)もミドルグレード鋼材の輸出を目論んでおり、条項が見直されなければ「WTO提訴も辞さず」の方針とされる。

 反ダンピング(不当廉売)関税の適用乱発を受け、日本の鉄鋼製品は対米輸出が激減。その結果、高炉メーカーはアジアシフトを急ピッチで進めた。日本が恐れるのは、バイ・アメリカン条項が引き金となり、「中国が対抗措置として自国産品優遇を打ち出す」(日米関係筋)事態だ。日本企業の今や生命線であるアジア市場が閉ざされれば、その影響は計り知れない。

 労組寄りのバイデン副大統領がCNBCテレビのインタビューで「法案にバイ・アメリカン条項を含めることは正当と考える」と言明したように、オバマ政権は当初黙認する構えだった。鉄鋼業界のロビイストがバイ・アメリカン条項の盛り込み画策を始めた時から、日本政府はホワイトハウスに警告してきたが、「全く動いていなかった」(日米関係筋)。

 一方、強い政治力を誇る全米商工会議所(加盟約300万社)は1月末「もしわれわれが外国製品を拒否したら、各国も米国製品を買わなくなるだろう」とバイ・アメリカン条項に反対を表明。輸出関連企業は声高に撤回を求めている。