子供から大人まで日本でも広まっている心理カウンセリングは、欧米で発達してきた。スイスもその中心的な役割を果たしていることは、意外にも知らない人が多いかもしれない。

 スイス・チューリヒには、ユング研究所国際分析心理研究所があり、卓越したカウンセラーを目指す人々が世界中から集まってくる。日本に心理カウンセリングを根づかせた故・河合隼雄も、日本人として初めてユング研究所で学んだ。

 河合の偉大さは、日本の文化に合わせた心理療法を確立したことだ。その河合の下で、日本人の精神を学びたいと門戸を叩いたスイス人がいた。現在、スイスで活躍するカウンセラー、ブルーノ・リーネル(54歳)だ(文中敬称略)。

西洋も東洋も知ったスイス人が日本語でカウンセリング

スイスでフリーの心理カウンセラーとして活躍するブルーノ・リーネル (筆者撮影)

 スイスではフリーで働くカウンセラーはごくわずかで、大多数が精神科医の下に勤務している。リーネルは、そんな秀でたフリーカウンセラーの1人だ。

 リーネルは、リヒテンシュタイン公国にほど近いスイス東部の町に、カウンセリング相談室を構えている。チューリヒ市内から1時間半のこの町は彼の出身地だ。

 この山あいの美しい温泉地で、近隣に住むスイス人はもとより、就労や結婚でスイスに住んでいる外国籍の人たちから相談を受けている。

 リーネルのもとに多くの相談者が集まる理由の1つは優れた語学力。リーネルはドイツ語に加え、英語・フランス語・イタリア語も駆使する。患者にとって、やはり母語で悩みを相談できるのはうれしい。

 リーネルはチューリヒにも相談室を持っている。約7000人いる在スイスの日本人は都市部に集中していて、ここには日本人がやってくる。既にスイスにいる時から達者だったリーネルの日本語は日本留学で磨きがかかり、日本人と全く変わらない。

 相談者は日本語で悩みを打ち明けることができる。スイスでは、リーネルのように西洋文化と東洋文化に精通するカウンセラーは皆無と言っていい。

 リーネルは、日本でカウンセリングの経験があり、大学でも教鞭を執った。スイスでは、チューリヒ大学日本学部で、日本人の精神世界や宗教などを20年間教えてきた。

 またスイスの新聞に日本の教育事情を寄稿したり、大庭みな子の代表作『寂兮寥兮(かたちもなく)』(谷崎潤一郎賞受賞)を翻訳したり、日本を1年に1度訪れて外国人観光客をガイドするなど、日本について伝えることに貢献してきた。

 スイスに住む日本人にとって、日々の生活の中で出てくる考え方や文化の違いに、日本的な観点から共感してくれるリーネルは心強い。