今年新設されたばかりの学習院大学・国際社会科学部。この学部で学ぶ学生たちは、卒業後には主にビジネスの業界でグローバル化の波にもまれることになる。

企業の海外進出や国内での多国籍企業化など、近年のグローバル化の流れの中で、日本企業は現在どのような課題を持っているのか。また、10年後の国際社会で活躍する学生たちは、キャリア形成にあたって、どのような性質を持つことが必要か。
企業の中での人間行動の解明を通して、組織全体の効率を向上させることを主な目的とする「組織行動論」を専門とする鄭准教授に話を聞いた。

学習院大学 国際社会科学部 准教授
鄭 有希 氏

 

日本の中での国際化

 グローバル化の波の中で、企業も変化に直面している。終身雇用制や流動性の少ない労働市場を前提とした従来の「日本型経営」は今、変わってきている。

「今までの日本は技術というアドバンテージがあったが、今や、新しい技術を世に出してもすぐに模倣される時代。日本のアドバンテージは消えつつある。今の日本で企業の存在意義を強め、競争優位を持続させるためには、『真似されないものは何だろう』と考える視点が必要」と鄭准教授。
「真似されないもの、すなわち競争優位の源は、モノよりもカネよりも情報よりも、人である」のだという。
人事管理などといった企業の中の人のあり方も、変化していくことは避けられない。

「ただ、グローバル化に安易に迎合して従来の日本式のやり方を否定するべきではない」
昨今、国際化に対する理解の中には、「日本の昔のやり方は駄目だ」というようにすべてを国際規格のものに置き換えようとする傾向があったが、それは本来あるべき姿ではないという。強引な「統合型」グローバル化は、会社や従業員の内にひずみを生じさせる要因になる。

「良いやり方は取り入れる。地域独自のやり方も新しいものと融合させて残していく。統合ではなく融合の手法でグローバリゼーションの波に乗ることが大事。例えば、多様なアイデアやイノベーションの妨げになってきたと批判されている日本企業の強い組織文化も、長期的な視点で見ると悪いことばかりではない」という。
 

多様化した社会で求められるもの

 ただ、日本企業が向き合うべき課題もある。「多様性」をどう受容するかという問題だ。日本企業にとって「多様性」の議論はとかくジェンダーの問題に偏りがちであり、ジェンダーの問題すらもまだ成熟した議論に至っていない側面がある。
世界に目を向けると、国籍・宗教・人種といった様々なレイヤーで多様性を意識するのが当たり前になっている。その中で、今後は日本企業も様々な特性の多様化を受容する姿勢が必要になってくる。

では、多様化していくこれからの国際社会で活躍していくにはどういう性質が必要か。

鄭准教授は「経験への開放性というパーソナリティーを持つ人材は活躍する」という。
「経験への開放性というのは、新しい経験に対して寛容で、好奇心が強いということ。パーソナリティーは職務態度に直結する。変化の多いグローバル化の時代で仕事を遂行するためには、こういったパーソナリティーはますます重要になってくる」

さらに、「自分はどのような天職(Calling)やキャリア・アンカー(Career anchor) を持っているのかを理解したうえでキャリアを形成していくことも大事」だという。

「まわりからの評価よりも、これが自分の天職だという意識を持ってキャリアを追及していく者は、仕事に対する満足度が高い。偶然のチャンスも自分のものにすることができるから、キャリア形成の上で強い」
「キャリア・アンカーを持つということは、どこへ向かって行って、どこに錨を下ろすか、自分は何になりたいのかという将来像や目標を持っているということ。これがある人は指針ができるので働きやすい」

近年、キャリアにおける「成功」の基準も変化している。労働が流動化し、キャリアのグローバル化が進む今、キャリア成功の基準は一つではない。昇進・昇給といった従来型の要素にとどまらず、仕事に対する満足度など、より主観的な要素が「成功」の基準になってくるのだという。
 

国際人の資質

「ここで学ぶ学生たちには、新しい経験を積極的に受け入れ、人生の意義や目的につながることを意識したキャリア形成にのぞんでほしい」と鄭准教授は言う。
「新しい経験に対して開放的な人材は、問題発見・解決能力を習得しやすい。私は『魚釣りをする能力』に例えている。魚の種類をいかに多く憶えても、新しい釣り場に行ったときには自ら釣りというプロセスに飛び込む好奇心がないと魚は釣れない」
「その能力は、一方的な教育では育たない。学生が自らの頭で考える訓練を早くからしていくことが大事」

国際社会科学部の開講から1学期。双方向型の授業で担当した学生たちの意欲は高く、自発的に新たなテーマに取り組む経験への開放性を持っている人材が多いという感触だ。ゼミ形式の授業の演習テーマも、ブランド、LGBT、期間限定商品についてなど多岐に及んでいたという。

変わりゆく社会に、決まった答えはない。正解ではなく、規則・原理を探し出し、論理をもって説得的な議論ができるようになることが大事だ。

「しかし学生たちに必要な資質はそれだけではない」と鄭准教授は締めくくる。
「国際社会で活躍する学生たちには、心優しい人であってほしい。テロなどの事件が頻発し内向きになっていくこのご時世だからこそ、競争や敵視のダークサイドに堕ちない、心のやさしさを持つ人間が必要だ」
 

<取材後記>

 変化の大きい時代だ。環境に適合するのも簡単なことではない。その中で根幹的なよりどころをどうとらえるか。自分の内面を見つめることが不可欠だ。

日本で約14年を過ごした外国籍教員として、経営学の中でも心理学に近い分野を研究してきた鄭准教授。「もともと日本の経営学の世界も非常にドメスティックだったが、国際化してきた時流に乗って研究を進めてきた」と語る。
「そこで思ったのは、肌の色や瞳の色が違っても、地域や宗教を越えて変わらない普遍性が人間心理にはあるということ」

グローバル化と言っても、多様性との向き合い方は様々だ。自身が多様性を体現しながらボーダーレスの時代に活躍する鄭准教授の姿に、言語や風土が違う国々をつらぬく普遍性の存在を信じることが、不確かな時代により重要になってくるのだと、改めて気づかされた。


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