このところ、NHK、民放問わず、テレビ局の報道記者たちと話す機会が多い。

 自分が「オリコン裁判」なるSLAPP訴訟に巻き込まれ、図らずも「取材される側」になったこともある。その後も「SLAPP訴訟」「マスメディア」「インターネット」を取材し続けていることもある。新聞社時代よりテレビ局の知己は増えたかもしれない。

 先日も、TBSが私の米国でのSLAPP関連法取材をドキュメンタリー番組「報道の魂」で放送してくれたので、何度かミーティングをして、最後は編集に立ち会った。

 私はずっと活字(新聞→週刊誌→書籍・インターネット)を土俵にしていたのだが、24年の記者歴で初めて、自分でビデオカメラを回した。そんなせいもあるだろう。

「タレントが出ないと、視聴率取れないでしょ」

 テレビ局の報道記者と話をしていると、暗い話ばかり一致する。テレビでも「記者が自分の視点で長期間粘り強く取材した成果を世に出す機会」はほとんど絶滅の危機にあるらしい。新聞や出版と同じだ。

 かく言う私自身、自分のことが取り上げられなかったら、テレビなんて見ないし、民放がまだ硬派の報道番組をやっているなんて知らなかった(すみません)。そんな人間は私だけではないらしく、自分の番組が放送されたあと「久しぶりにテレビの報道番組を見ました」というメールが多数来た。

 そういう話をすると、担当プロデューサーは弱々しく笑った。徹夜で編集作業をしたからなのか、慢性的に疲れているのか、あるいは両方なのか、ヨレヨレである。「この深夜枠(午前1時50分から30分)を確保するのも大変なんですよね」

 彼とはもう10年以上の知り合いだ。同年代なので、1980年代から90年代中頃にかけて硬派報道で活躍するのを横目で見て「すごいな」と思っていた。が、今はまったく別の世界になってしまったらしい。

 大阪地検で証拠偽造だ、奄美で豪雨だと「発生もの」を取材して、その日のニュースに送り出すので精一杯。旅の劇団のように全国を飛び回る。