アメリカ東海岸・ペンシルベニア州のスリーマイル島原発からの現地取材報告の2回目をお届けする。1979年のTMI事故当時、地元ミドルタウン町(Middletown Borough)の町長だった ロバート・リード(Robert Reid)氏(81)のインタビュー2回目である。

 ミドルタウンは、福島第一原発で言えば双葉町や大熊町のような原発が所在地を置く「立地自治体」である。リード町長は現在も現役の町長である。ミドルタウンの高校で「Government」(日本で言えば政治経済や現代社会)を教える教師だった。1978年、ペンシルベニア州初めての黒人首長として町長に当選し、教師と町長を務めてきた。ミドルタウンは人口約1万人。かつては牧畜・農業(野菜・トウモロコシ)と鉄鋼、石炭や河川交通・物流の町だった。州政府を抱えるハリスバーグやチョコレート会社で有名なハーシー市が通勤圏内にあるため、ベッドタウンとして繁栄している。「スリーマイル島」は「ミドルタウンから3マイルの距離にある島(サスケハナ川の中洲)」という意味だ。

 スリーマイル島原発事故の様子を当事者に取材するにつれ、福島第一原発事故との共通点が多いことに驚く。アメリカで福島第一原発事故周辺で取材したのとそっくりの話が次々に出てきてデジャブ(既視感)を感じたほどだ。例を挙げる。

・電力会社は事態を過小評価し、情報を地元住民に出さない。
・電力会社にも何が起きているのか分からない。どう対処していいのか分からない。
・その結果、住民避難は遅れる。
・電力会社の発表はコロコロ変わる。また情報が断片的で全体像が見えない。
・その結果、地元住民は「ウソをついた」と思う。不信感が募る。
・最初の危険の警告で、住民は自発的に避難を始める。
・情報不足の中、住民避難に秩序はない。パニックになる。

 こうした問題点は、福島第一原発事故やTMI原発事故に特有のものではなく「原発がメルトダウン級の深刻な事故を起こせば、どこでも共通して起きる」と考えた方がよいだろう。少なくとも、こうした事態を前提としなければ、住民避難の観点からは役に立たない。TMI原発取材を経て、筆者はそう考えるようになった。

 (筆者注:ペンシルベニア州ではBoroughとはCityより小規模な自治体。日本で言えば「町」または「村」にあたる。本稿では「町」と訳す。アメリカではこうした小規模な自治体の首長の多くは兼業職である)

電力会社はメルトダウンを知らせてくれなかった

──TMI原発でメルトダウン事故が始まったのは、1979年3月28日午前4時ごろでした。その時町長が何をしておられたのか教えてください。

 「その日の朝、私は学校へいつもどおり出勤して、生徒たちを迎えていました。すると生徒の1人が『リード先生、お電話です』と呼びにきた。役場の緊急時コーディネーターだった。『アイランド(地元ではTMI原発を the Island=島と呼ぶ)で何かあったようです。何かは分かりません。まだ情報はありません』と言ってきた。7時半か45分だったと思います。授業を代わってもらって役場に行きました」

──緊急時コーディネーターとは役場の職員ですか。

 「いえ、消防会社の社員で、ボランティアの消防団の一員でした」