そもそもことの初めは、2007年、当時の家庭大臣、フォン・デア・ライエン氏が、世の女性が仕事と子育てを両立させられるようにと、ドイツ全国で託児所の大増設を目指したことだった。この家庭大臣自身が、7人の子供の母親という傑女でもある(現在は労働大臣)。

「仕事と子育て」両立のための政策は社会主義的?

 ところが、まず、各州がこれに抵抗した。ドイツでは教育問題は州に委ねられており、教育に関しては、予算も主導権も州政府が握っている。アビトゥア(ギムナジウムの卒業試験と大学の入学資格試験を兼ねた非常に大切な一斉試験)さえ州単位で行い、まだ全国一律になっていないほど、州の独立性は高い。

 そんなわけで、「国が託児所を作れと言うなら、では、そのお金を出してもらいましょう」。つまり、口を出すならカネも出せというのが、平たく言えば、各州の言い分だった。

 しかし当時、この問題は、予算にとどまらず、さらに波紋を広げた。女性の産休が終わって、すぐに預けられる託児所を増設するということは、子供をなるべく小さいうちから家庭より離し、国が一律に教育しようとしている点で、社会主義国が行ってきた政策と似通っている。

 しかし、ドイツの伝統的な理想の家族観は、そういうものではなかったはずだ。ドイツ国が、率先して社会主義的政策を推し進めるのはおかしい。つまり、“託児所の増設は、ドイツの伝統を壊すものではないか”という意見が巻き起こったのだ。

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託児所の増設はドイツの伝統を壊すという意見も(写真はベルリンの小学校)〔AFPBB News

 そして、保守派の中でも、あるいは、教会の内部でも、それを巡る賛否両論が複雑に錯綜し、一大論争となったのであった。

 この、「現代ドイツの理想の家庭像とは何ぞや?」という論争は、原則論好きのドイツ人らしい。しかし、現実問題として、働く女性が子供を産み、職場に復帰しようと思ったら、託児所が要ることは確かだ。

 そして現状は、その託児所が圧倒的に不足していて、多くの女性が困っている。彼女たちにしてみれば、理想の家庭像など、どうでもいいことだったに違いない。

 国と州と地方自治体は、その後、思考錯誤の末、次のことを決めた。1歳から3歳以下の子供のすべての母親には、法律により、子供を託児所に預ける権利が保障されるというものだ。

 法律の施行は、2013年の8月1日。つまり、国、州、地方自治体は力を合わせて、2013年8月までに託児所を劇的に増やさなければいけなくなった。よって、ここ数年、全国でその整備が進められてきたのであった。