1 はじめに

 自衛隊は、その創設以来、防衛出動を主たる任務とし、必要に応じ行う任務として治安出動、災害派遣等とする体制が長らく続いてきたが、冷戦の終焉(1989年12月)後の状況の進展に応じ、自衛隊の任務の位置付けの見直しが行われ、自衛隊の任務・役割が大きく変容した。

 「公共の秩序維持」が本来任務に追加され、これまで付随的業務とされてきた活動が本来任務と位置付けられた。即ち、国際平和協力活動や周辺事態への対応が本来任務化された。“任務は増えたが、予算は削られ、人も減らされて自衛隊も大変だ”。

閑話休題

 今また、尖閣諸島等を巡る動きに関連して「領域警備法」の制定に関する論議が起きている。(自民党昨年度の提言等、官房長官制定を否定8月21日、国会議員の勉強会開催等)

 しからば、領域警備法が制定されれば自衛隊の行動に関する法体系は、万全になるのであろうか?

 自衛隊はいかなる事態にも法的に矛盾なく対処し得るのだろうか?

 自衛隊の行動に係る新たな任務が増え、それに伴う法的整備もなされ、一見万全な体制が整ったかに見える。

 しかしながら、自衛隊が活動すべき事態と事態の間やその事態に至る間に、グレーのゾーンはないのか、明確に規定された発動等の要件に該当しないようなケースは絶対起きないと言えるのか?

 東日本大震災福島第一原発事故の様な事態は、いわば想定外の事態とされたが、今後、自衛隊の対応が求められるような想定外の事態が起きないと言えるのか、起きるはずがないと断言し得るのか?
抑々(そもそも)、自衛隊に対して事細かに種々規定することが必要な事だろうか?

 本稿はそのような問題意識のもとに、自衛隊が本来の軍事組織になるためにいかなる法的規定が必要かについて論じるものである。

2 何が起きても可笑しくない時代に突入している我が国周辺の安全保障環境

 冷戦が終結して既に20年余り、冷戦の頸木(くびき)を解き放たれた世界は、伝統的な国家相互間の課への対応という時代から、新たな脅威や多様な事態等の様々な課題への対応を要するという時代に突入している。

 世界的大規模紛争生起の蓋然性は低下しているが、それに反比例して、大規模紛争には至らないものの予測不可能な事態が複合的に生起する確率が飛躍的に高まっている。

 特にアジア太平洋地域は、欧州正面と異なり、民族・宗教など多様性に富み、その多様性故に不安定性が増しており、一方では、冷戦以来の対立の構図も引き続き残っているという複雑な様相を呈している。

 領土や主権、経済権益などをめぐり、武力紛争に至らないような、いわばグレーゾーンの対立が増加する傾向にある。主権国家間の資源、エネルギーの獲得競争や気候変動の問題が今後一層顕在化し、比較的規模の大きい地域紛争の原因となることも十分にあり得る。

 南シナ海における中国とASEAN関係国の領土・領海に係る紛争、台湾をめぐる統一・独立もあり、更には朝鮮半島の情勢は我が国の安全保障に関して重要なファクターである。風雲急を告げる朝鮮半島の情勢の影響を、我が国は間違いなく受ける。