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三ツ星レストランを閉じたフランス超有名シェフの転身(後編)

2010.06.01(Tue) 鈴木 春恵
筆者プロフィール&コラム概要

三ツ星レストランを閉じた超有名シェフの転身(前編)はこちら

 フランスのブルターニュ地方、カンカールで三ツ星レストランのオーナーシェフだったオリヴィエ・ロランジェ氏。レストランを切り盛りしていた時代から事業を拡大してきている。核であるレストランのほかに、市内の対岸の岬に建つシャトーを買ってそれをホテルとして改装。

ホテルのほか、キッチンを備えたペンションやパティスリーも

20世紀初頭に建てられた大邸宅を改装したホテル「Le Chateau Richeux(ル・シャトー・リシュー)」

 さらに、自由に使えるキッチンと菜園を備えたペンションも作っている。また、レストランからすぐそばのところにロランジェブランドのスパイスを売る店を作り、レストランで供されるのと同じレベルのパティスリー店も開いた。

 加えて、ロランジェ氏の下で長年働いたシェフから直接学ぶことができる一般の人のための料理教室のもと、彼の考える食の、もてなしの喜びというものを、様々な形を取って実現してきている。

 それこそ、彼のパティスリー店のサロン・ド・テでは、ごく普通のカフェ並みの値段で、しかしそれとは格段にレベルの違うお菓子やアイスクリームを味わえる。

 これは三ツ星にそうそう頻繁に行けるほどの懐具合でない人や小さな子どもでも、気取らずごく自然に享受できるものである。

レストラン「Le Coquillage(ル・コキヤージュ)」。仏語で 「貝殻」という名前のレストランらしく、プレゼンテーション用のお皿には、カンカール名物の牡蠣が描かれている

 「ゲットーリュクスでありたくなかったから、『ル・コキヤージュ』を始めていたのかもしれません」と、ロランジェ氏がいうのは、岬のホテル「シャトー・リシュー」内のダイニングのこと。

 ここでは、三ツ星レストランとはまた違った趣で、よりビストロ的なスタイルで海鮮中心の料理を供し続けてきており、三ツ星の方は閉じた今でもこちらのほうは健在、というよりも、かのガイドが今年一ツ星をつけるという、なんとも興味深い成り行きになっているのである。

 「かつてのレストランに毎年来ていた、スイスのなかなかうるさいお客さんがいましてね。この人は来ると必ず私を呼びつけて何か言いたい人だったんですけれども、三ツ星にしか興味がないということで、去年はカンカールには来ませんでした」

三ツ星レストランを閉店したあと、「ル・コキヤージュ」では、従来のビストロ風のメニューに加えて星付きレベルのレパートリーも供されるようになった。こちらは前菜の一品で、アジとサバのマリネ。スパイスや風味豊かなオイルを駆使した味付けは、いかにもロランジェさんのクリエーションという印象

 「それが、今年になってまたやって来て、いつものように『シャトー・リシュー』に3日間滞在して、その3日目に、やはり私と話がしたいと言ってきた」

 「いつものように、『問題は何ですか?』と私が尋ねると、『問題はない』と言うではないですか。『第1に、レストランに来るのに車を使わなくていい。2番目には、海のすぐ上である。3番目に、以前の三ツ星とクオリティが一緒だ。第4に、画期的に安い』とね」

 「『どうして以前にこれをしなかったのか?』と続けられた時には、ちょっと傷つきましたけれどね」と、最後のほうは笑いを交えて披露してくれたこのエピソードからも、「ル・コキヤージュ」のレベルのほどが知れるというものだろう。

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出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめ、ヨーロッパの風土や文化、人々の暮らしをテーマにした取材を、文と写真で展開している。


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欧州は観光ばかりでなく農業や地方の活性化、また少子高齢化対策などでも日本が学ぶべき点が多い。日本が課題とするこうした点を欧州ではどのように克服しようとしているのかの実例をお送りする。また、欧州で高く評価される日本の芸術・文化などのソフトパワーについてレポートする。