8月30日に行われる衆議院議員選挙に向けた各政党のマニフェストが出揃った。マスコミ報道を見ると、政権交代の可能性を前面に出している民主党のマニフェストについては、「財源捻出に不透明感が強くばらまき色が強い」、景気回復後に消費税率引き上げを遅滞なく実施すると明示するなどこれまでの政権運営の実績と責任を強調した自民党のマニフェストについては、「成長戦略は提示されているものの新味に欠ける」といった評価をしているものが少なくない。しかし、市場参加者の側としてはそうしたステレオタイプな評価をそのまま受け入れて思考停止するのではなく、よく考えてみる必要がある。

 まず、表面的には「ばらまき」色が強いとされる民主党のマニフェストが仮に実行に移される場合、最終的に「ばらまき」になるのかどうかという問題がある。

 確かに、所得制限なく支給される月2万6000円の子ども手当や、公立高校授業料無償化、ガソリン暫定税率廃止、高速道路無料化など、家計にとってメリットのある施策が並んでいる。しかし子ども手当については、財源捻出の一環として所得税の配偶者控除や扶養控除の見直しが行われるため、少なくない世帯にとっては持ち出しになるとみられる。このほか、国家公務員人件費2割カット、公共事業費大幅削減、独立行政法人の見直しなど、関係者にとってはかなりダメージの大きい施策が掲げられており、景気にとってはマイナス要因になってくる。

 仮に民主党主導の政権が誕生する場合でも、財源を捻出できた政策から実行するという原則が守られるとすれば、各種の「ばらまき」とほぼ同時に引き締め策が取られることになるわけで、差し引きで景気浮揚効果があるかどうかは判然としない。その意味で、例えば子ども手当の支給額だけを取り出して景気押し上げ効果を試算するのはあまり意味がないと、筆者は考えている。このほか、そもそも論で言うと、自民党主導の麻生内閣は4月に決定した追加経済対策「経済危機対策」で、事業規模56.8兆円、国費(真水)15.4兆円という「ばらまき」をすでに行っているわけで、民主党のマニフェストだけを「ばらまき」だと批判するのは不公平でもあるだろう。

 自民党やマスコミから「ばらまき」だと批判されればされるほど、自らの政策がそうではないことを民主党側が立証しなければならなくなるという皮肉な構図が早くも浮び上がっている点にも、大いに注目が必要である。国債増発を回避するため、2009年度補正予算の組み替えや、特別会計・独立行政法人等の精査による資金捻出が半ば強引に行われる可能性が高くなりつつあるように、筆者には見える。以下のような民主党幹部の発言が報じられている。

◆直嶋正行 民主党政調会長(7月31日 ロイターインタビュー)

「(2009年度補正予算のうち不要不急の事業を見直す際には)国債発行の減額も検討したい」

「なぜ与党が批判するかといえば、いま政府がやっていることを実行してなお民主党の政策を上乗せするために財源がないという意味だろうが、われわれが政権をとったらマニフェストで約束した政策を最優先で行う。あとは優先順位をつけて入れ替えていく」

◆大塚耕平 民主党政調副会長・「次の内閣」財務副大臣(7月31日 日経QUICKニュースインタビュー)

(ムダづかい削減の具体策は、との問いに)
「独立行政法人(独法)は現在、約5兆円の日本国債を保有しているが債権・債務を両建てで削減すればいい。ムダな利払いが減る。独法のほか公益法人など220ある法人への国の出資金は38兆円超。法人を消滅させたり規模縮小で出資金の一部を国へ戻す。法人の整理では保有資産の売却をさせる」

(歳出に対しムダの削減が追いつかない場合は国債を発行するのか、との問いに)
「考えていない。予算の組み替えなどで対応できる。来年度の国債発行額は今年度の当初予算時の規模(36兆円程度)を上回ることはない」

 2009年度分の国債発行額の減額検討や、2010年度国債発行額の2009年度当初未満への抑制は、債券市場としても無関心ではいられない話だろう。2009年度補正予算の組み替えに関連するところでは、8月2日の東京新聞が、「民主、補正を数兆円減額 重点政策財源に」と報じた。この記事は、「同党幹部はすでに財務省との間で、減額補正に関する協議を水面下で進めている」としている。同日の日経新聞は、「補正『4.3兆円基金』で論戦」と題した記事の中で、基金の新設を凍結し、すでに設置された基金も未使用額を国庫に返還させれば「数兆円規模の財源を確保することは不可能ではない」という財務省主計局のコメントを紹介していた。

 一方、自民党は提示したものの民主党は提示していないとされる「成長戦略」についてはどうだろうか。筆者は、自民党、民主党ともに、確たる成長戦略は提示できていないと、厳しく見ている。将来期待される名目成長率の水準には、いずれの党が選挙で勝利しても、変化はほとんど生じないだろう。

 自民党はマニフェストで、2010年度後半には2%の経済成長を達成し、3年で200万人の雇用を確保、10年で家計の手取り額を100万円増やす、としている。だが、今の日本経済は輸出依存であり、景気回復度合いは結局のところ、大きなバブルが崩壊した後の構造不況に苦しんでいる米国の動向次第である。景気の先行きは誰が見ても不確実性が高く、リスクは下振れ方向にあるわけで、そうした中で成長率などの見通しを提示しても、実質的な意味合いはあまりない。

 一方、民主党はどうか。子ども手当など、子育て世帯を重点的に支援する施策を掲げているが、人口対策としては踏み込みに欠ける。日本の国内需要が「地盤沈下」を続けている原因は、人口減・少子高齢化にある。1995年に生産年齢人口がピークをつけてからほどなく、名目GDPは横ばい圏での推移に移行。何種類かの食料品の国内消費量や、書籍・雑誌の販売金額はピークをつけてダウントレンドに入っている。筆者の考えでは、すでに子どもがいる世帯、あるいは子どもをつくる予定がすでにある世帯の支援だけでは、日本経済の将来を上向かせるためには、不十分である。「おカネとインフラ」両面での格段に積極的な少子化対策、より積極的な観光客誘致策など、日本の国土に滞在している人口(滞在人口)を増やすための総合的かつ強力なメニューが必要である。

 なお、債券相場(長期金利)の動向についての筆者の基本的な考え方は、「『民主党主導の政権』念頭に置くべきポイント(1)」で書いた内容から、まったく変わりがない。すなわち、選挙結果やその後の政権の枠組み・具体的な経済政策の内容よりも、ファンダメンタルズや金融政策の先行き見通しの方が、債券相場(長期金利)のトレンド形成において、圧倒的に影響力が大きい、ということである。10年債利回りが1%前後に低下するだろうという予想を、筆者は堅持している。