各国が実施してきたマクロ経済政策の「総動員」。在庫調整という経済の自律的なメカニズムにも助けられて、世界経済の急激な悪化に歯止めをかけて、何とか「安定化を示す兆候」(G8サミット首脳宣言)を実現するところまではこぎつけたものの、雇用統計など米国の主要景気指標が「リーマン・ショック」前後の水準を回復した後で息切れ感を鮮明にしていることからみて、「安定化」の実現までで精一杯だという心象が、一段と強まっている。

 だが、雇用情勢はオバマ政権の当初見通しを大きく超えて悪化している。バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は13日のシェルビー上院議員との会見で、「これは『雇用なき回復(a jobless recovery)になるだろうか』」と尋ねられ、「その可能性がある」と返答したという。

 筆者のみるところ、(1)経済の主軸である個人消費に大きく影響する、(2)ストレステスト対象外の中小を含む米金融機関の信用コストに大きく影響してくる、という2つの側面から、すなわち実体経済と金融システムの両面から、雇用情勢は米国経済にとって、重大な意味合いのあるファクターである。そして、その雇用が持ち直してこないということはオバマ政権にとって、重苦しい話である。

 民主党は現在、上院で安定多数の60議席を有しており(系列無所属の議員を含む)、財政拡張に批判的な共和党の反対を押し切って追加経済対策を可決させる力がある。にもかかわらずオバマ民主党政権が追加策に極めて慎重な構えを崩していないのは、国債過剰供給問題を意識しているからであろう。直近ボトムからは大幅に高い水準ではあるものの、せっかく落ち着きを取り戻して低下してきた長期金利を、ここであえて持ち上げる策を講じるのは望ましくない。FRBが実行している長期国債購入策の金利上昇抑制効果には限界があることがすでに明らかになっている上に、マネタイゼーション懸念の浮上という副作用も出ている。しかも、米国債の格付け引き下げ懸念が再浮上するようなことになれば、ドルの信認問題を通じて、米国市場がトリプル安に陥りかねない。

 このように、米国の経済政策については、財政、金融ともに「手詰まり感」が非常に強いのだが、大西洋を隔てた欧州でも、そうした「手詰まり感」が、特に金融政策の面で浮き彫りになりつつある。

 欧州中央銀行(ECB)が新たに導入し、LIBORの急速な低下を促すなど金利面では効果が十分に出ている、1年物の無制限資金供給。トリシェECB総裁は13日にミュンヘンで行った講演の中で、この1年物オペによる資金供給額(適用金利はレポレートの年1.0%)が過去最高の4420億ユーロに達しており、これはユーロ圏GDPの5%に相当すると指摘した。しかし、そうして潤沢に供給した資金のうちかなりの部分が中央銀行預金として滞留している(適用金利は中銀預金金利である年0.25%)。トリシェ総裁は今回の講演で、こうしたECBへの資金還流が起こっていることを認めつつ、大量に供給された流動性が貸し出しに回るには「いくらか時間が必要かもしれない」と述べざるを得なかった。

 また、「われわれは、企業や家計に対して適切な金利と金額で貸し出しを行う責任を、銀行に思い出させる。われわれはみな、この非常に困難な時期においても経済が機能し続けるよう、それぞれの責任をもって貢献しなければならない」とも、トリシェ総裁は述べていた。道義的責任論まで口にしながら、銀行が貸し出しを伸ばす、言い換えればクレジットクランチを起こさないよう求めたわけで、ECBの焦りがはっきりと感じられる発言である。5月のユーロ圏M3は前年同月比+3.7%で、伸び率は大幅鈍化。銀行貸し出しは家計向けがマイナスになるなど、減速がこのところ顕著である。

 流動性が貸し出し増加につながっていかないことへの焦りがより表面に出ているのが、ユーロ圏最大の経済規模を誇るドイツである。

 シュタインブリュック財務相は13日、ドイツの銀行業界団体首脳にあてた書簡の中で、「わたしは金融機関が企業に、貸し付けを適当な条件で行うという具体的な期待を持っている」「わたしは融資動向を注視しており、ドイツ連銀とも協議している」として、融資実施状況の調査を行う可能性にも言及しつつ、業界に「圧力」をかけた(7月13日 時事)。シュタインブリュック財務相は、独連銀が社債を購入することで企業に対して直接資金を回し、信用市場の逼迫を緩和することが可能だ、との見解を9日の新聞インタビューで表明するなど、独連銀に対しても大胆な行動を求めている。

 日本の不良債権処理局面・日銀の量的緩和局面の経験から言えば、銀行が自己資本の厚みに十分な自信を持てない時、しかも景気が大幅に悪化していて安易な貸し出し増加が焦げ付きの増加に結び付きやすいと判断される時に、いくら流動性を中央銀行が供給しても貸し出しが当局の思うように伸びていかないのは、当たり前の話である。ECBはカバードボンドの購入という形で信用緩和を開始しているが、買入額は13日時点で6600万ユーロにとどまっており、信用逼迫を解消する切り札には程遠い状況にある。

 ECBの金融政策運営にも「手詰まり感」が色濃く漂っており、追加的な施策を今後強いられる可能性が、日々大きくなりつつあるように見える。たとえ見込まれる効果が不確実なものであっても、「勝算なき緩和強化」を、ECBは続けていくことになるのではないか。

 このほか、英国でも13日、ビーン・イングランド銀行(BOE)副総裁から、量的緩和の効果が出てくるには「9カ月か、さらに長くかかる可能性が高い」という発言があった。資産買い入れ枠の引き上げを、市場の予想に反して7月の金融政策委員会(MPC)で見送ったBOE内では、量的緩和にどこまで効果があるのか、不透明感が強まっているのだろう。

 構造不況の下で「低空飛行」を続ける、米国など主要国の経済。高度をさらに引き上げようとする手法には「手詰まり感」があり、現在の高度でとりあえず飛び続けざるを得ない。不意の「横風」に見舞われる場合は、たちまち地面に激突してしまうリスクをはらむ、危うい状態である。各国中央銀行は、「出口」模索ではなく、超金融緩和の維持ないし強化を模索せざるを得まい。

 筆者は引き続き、内外長期金利の一段の低下を予想する立場であり、日本の10年債利回りの低下メドとしては1%前後を想定している。