人類が遠洋へ活動域を広げる前は、海洋では自然の食物連鎖のままに生態系が営まれていた。資本主義経済の発展に伴い、海洋生物資源の乱獲が進んだ。14世紀後半にはニシン漁が北ヨーロッパ沿岸部の都市を潤し、15世紀末、ニューファンドランド島の沖合でタラが大量に生息する「グランドバンク」が発見されると、ヨーロッパ中の猟師が殺到した。

 大型海洋ほ乳類のクジラは、1頭捕獲すれば、肉、脂肪、鯨油、骨、ヒゲ、皮などが得られる富の宝庫であることから、猟師たちは危険を冒してクジラ漁に出た。そして現在、海洋資源はどうなっているのだろうか――。

魚から見た人類の歴史と人類学

魚のいない海』フィリップ・キュリー/イヴ・ミズレー著、勝川俊雄・監訳、林昌宏・訳(NTT出版、2400円+税)

 本書は、フランス外務省開発研究局(IRD)所長で漁業科学者のキュリーと、フランス最大の日刊紙「フィガロ」の科学ジャーナリストであるミズレーが、最新の科学データに基づいて執筆、2008年4月にフランスで刊行したノンフィクションの全訳である。遠洋漁業の草創期、乱獲、そして現在の枯渇の危機まで、漁業の歴史と海洋生態系の変化を描き出した「魚をめぐる人類学」と言える本で、訳文はとても読みやすく、親しみやすい。

 17世紀オランダの法学者グロティウスは、「海洋漁業により生物資源が枯渇することはない」と主張したが、21世紀から振り返れば、翻訳者の林昌宏氏があとがきに書くように「河川からサケは姿を消し、ニューファンドランド島のタラ資源は枯渇し、クジラやマグロが乱獲されてきたことは厳然たる史実である」。

 捕鯨によって減るのは、クジラだけではない。大型海洋ほ乳類は、海底と水面を連絡する役目を果たしていて、海底で捕食するコククジラは、海底に棲む生物を海底堆積物もろとも海面に吹き飛ばし、それらは海鳥のえさになる。だから、コククジラが減ると、空を舞う海鳥にも影響が及ぶのだ。

 そのように、自然や食物連鎖は極めて繊細、かつ複雑なバランスで保たれていて、例えばタラのような捕食魚を1キロ生産するには、ニシンが10キロ必要という。人類は、イワシやアンチョビなどのプランクトンを食べる魚だけでなく、タラやマグロ、メカジキなどの捕食魚も食べる「超捕食者」。