野田一夫氏(2009年、撮影:横溝敦)
教育者・経営学者にして連続起業家の野田一夫氏。「ベンチャー三銃士」をはじめ多くの起業家に慕われたのは、厳しい状況にあっても自分の意思で歩く人たちへの柔らかいまなざしがあったからだ。その一方で、権威主義や既得権益を徹底して嫌った。その優しさと厳しさの原点はどこにあったのか。
大物経営者にも遠慮ゼロ!1000人の空気を変えたパーティーの「ヤジ」
「おーい、長いぞ」
1000人近くが集まったあるパーティー。壇上では金融界の有名経営者が乾杯のスピーチを行っていた。確かにスピーチは少々長かった。乾杯用のビールの泡も消えかけていた。それでも普通はスピーチが終わるのを待ち、音頭に合わせて「乾杯!」とグラスを掲げる。それがマナーだ。
ところがそんなマナーなど知ったことか、とばかりにヤジを飛ばしたのが、立教大学社会学部初代観光学科長を皮切りに、多摩大学初代学長など、いくつもの“初代職”を引き受けてきた、教育者・経営学者で連続起業家でもある野田一夫氏(1927~2022年)だった。
会場は微妙な空気に包まれた。参会者の多くが「長いスピーチだ」と思っていたこともあり、ヤジに同意して笑った人もいたが、ほとんどの人が、むしろ苦笑いを浮かべていた。こんな場でこんな言葉をかけるべきではない、と怒る人もいた。
壇上の経営者は、さすがにその場では大人の対応で、ヤジを無視してスピーチを終え、乾杯の音頭を取ったのだが、実際には怒り心頭。その後、主催者に対して、「野田さんがいるなら二度とこの会には出ない」と言ったことからも立腹の度合いが見て取れる。
一方の野田氏にしてみれば、相手をけなす意思などまるでない。でも参会者は皆うんざりしている。ならば自分が代表して声をかけるべき、と考えたのだろう。そこには忖度や遠慮は一切ない。
このエピソードだけを読めば「なんとも厄介な人」「自分本位のわがままな教育者」と思うだろう。確かに一筋縄ではいかない人であることは間違いない。しかしその根底には、どんな状況にあっても自分の道を自分で切り開いてきたという自負と、あらゆる権威や既得権益にもひるまない在野精神があった。
生まれ持った素質もあったのだろうが、経験によってその素質はさらに磨かれた。






