一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏(左)と日立製作所 取締役会長 代表執行役の東原敏昭氏

 2009年に当時の国内製造業で過去最大の赤字を計上して以降、事業構造改革を進めてきた日立製作所。2022年には上場子会社をゼロにするなど、大企業としては異例の改革を実現した。2014年から2021年まで社長を務めた会長の東原敏昭氏は「私に与えられたミッションは“現場の声を経営に生かして、構造改革をしろ”でした」と振り返る。改革の過程にはトップとしてどんな決断と試行錯誤があったのか。東原氏のリーダーシップの実像に、複数の上場企業の社外取締役を務めてきた一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏が、独自の視点で迫る。

※本稿は、Japan Innovation Review主催の「第9回 取締役イノベーション」における「特別対談:日立の変革ストーリーから紐解く-企業価値を高める経営改革とリーダーシップ/一橋大学CFO教育研究センター長 伊藤邦雄氏、日立製作所取締役会長代表執行役 東原敏昭氏」(2025年8月に配信)を基に制作しています。

改革をやり切った実行力の核心とは

伊藤邦雄(以下、敬称略) 対談では時間も限られる中、私がまず伺いたいのは、日立が2006年時点で22社あった上場子会社を、「最適なパートナーへの売却」か「100%子会社化」で徹底的に整理した点に関してです。他の日本企業でも親子上場の解消は進んでいますが、ここまでやり切った例は聞いたことがありません。

 これほど思い切った改革には、避けられない反発があったはずです。いわゆるハレーションに対して、どのような使命感で臨み、ご自身の気持ちをどう整理されたのでしょうか。

東原敏昭(以下、敬称略) 私の根底にあるのは「グローバル市場で勝てなければいずれ淘汰される」という強い危機感です。上場子会社であっても、世界で戦えない事業は長期的に生き残れません。だからこそ、最適なパートナーへの売却か100%子会社化を進める必要があると考えていました。

 もちろん、長年その事業に尽くしてこられた方々から「なぜこんな良い会社を手放すのか」といった声もありました。そうした意見に対し、私は「良い会社だからこそ、世界で伸ばしてくれる相手に託すべきです」と粘り強く説明しました。将来の成長のために、今、決断する。私がこだわったのはその一点です。

 意思決定においては、個人的な利害を一切排しました。誰にどう思われるかではなく、その子会社にとって、そして日立グループ全体にとっての最善は何か。あるいは、グローバルで戦い抜くために何を成すべきか。そうした部分に考えと行動を集中させました。それが結果につながった最大の要因だったと考えています。