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 21歳でアイガー北壁登頂に成功し、当時の最年少、最短時間を記録して世界に名を轟かせたアウトドア用品メーカー・モンベル会長の辰野勇氏。辰野氏が28歳で創業した同社は今年で50周年を迎え、全国に120店舗以上を展開する人気ブランドに成長した。本連載では『経営と冒険』(辰野勇著/日経BP 日本経済新聞出版)の一部を抜粋、再編集。冒険心と起業家マインド、リスクと決断、収益と社会貢献など、著者の実体験に基づく考察やビジネス教訓を紹介する。

 今回は、山岳雑誌『岳人』を引き継いだ経緯、登山と経営の共通点から生まれた経営哲学を紹介する。

「岳人」

経営と冒険』(日経BP 日本経済新聞出版)

■ 休刊予定の名門登山誌を継承

 2014年1月、中日新聞東京本社の事業局長がモンベル本社に来訪された。そして山岳雑誌「岳人」を8月で休刊するとの説明を受けた。

「岳人」は「山と溪谷」とともに登山界をけん引してきた媒体だ。この雑誌は、私が生まれた1947年、京都大学山岳部の有志によって創刊され、1949年に中日新聞が引き継ぎ、長年発行されてきた。

 初心者から中級者の幅広い登山者層を対象にした「山と溪谷」に対して、「岳人」は上級もしくは先鋭的な登山情報を扱ってきた。私自身、日本アルプスの穂高岳や剱岳の岩壁に新しいルートを開拓するたびに「記録速報」のコーナーに投稿してきた。

「岳人」で紹介されることが登山家としてのステータスであり憧れでもあった。年を経て、未踏の岩壁も登りつくされ、先鋭的な登山から「山ガール」や「シニア登山」に象徴される健康志向の一般登山へ社会の関心が移行する中で、「岳人」の立ち位置が混迷していたように思える。そんな中での休刊の決断だった。

 私にとって「岳人」の休刊はいわば卒業した小学校が廃校になるような、そんな寂しさがあった。私は、局長の説明をお聞きして、少し考えた後、「うちで引き継がせてもらえますか」と尋ねてみた。

 確たる自信も裏付けもなかったが、今のモンベルなら「何とかなる」。そんな曖昧な直感でしかなかったが、この老舗の看板を引き継がせてもらえるなら、それは光栄なことだ。その後中日新聞の経営陣もこれを了承してくださり、引き継ぎが決定した。