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21歳でアイガー北壁登頂に成功し、当時の最年少、最短時間を記録して世界に名を轟かせたアウトドア用品メーカー・モンベル会長の辰野勇氏。辰野氏が28歳で創業した同社は今年で50周年を迎え、全国に120店舗以上を展開する人気ブランドに成長した。本連載では『経営と冒険 辰野勇 私の履歴書』(辰野勇著/日経BP 日本経済新聞出版)の一部を抜粋、再編集。冒険心と起業家マインド、リスクと決断、収益と社会貢献など、著者の実体験に基づく考察やビジネス教訓を紹介する。
独立
『経営と冒険』(日経BP 日本経済新聞出版)
■ 28歳を機に山仲間と創業
丸正産業では製品企画など新しい事業を試みたが、すべてがうまくいったわけではない。当時、アルミのフレームにザックを取り付けた「バックパック」が米国で流行し始めていた。米国からの引き合いもあり、国内で製造して輸出する企画を立てたが、フレームパイプの製造や型代の償却など、新規投資の回収が不確実だと上司に却下された。
新素材を開発して販売先の企画担当者に提案したものの、価格が合わないと取り合ってもらえなかった。時間をかけて開発した素材も取引先の担当者の考えでボツになる。商品開発の決定権が自分にないことへのもどかしさが募った。登山の経験を生かして、自分たちのほしいものが作れる会社を立ち上げようと強く考えるようになった。
高校時代から、将来は山に関連した仕事に就きたいと考えていた。すし屋を営んでいた両親の後ろ姿を見て育った私にとって、仕事に就くことは、すなわち自らが事業を起こすことだと考えていた。「20歳では早すぎる、30歳では遅すぎる」。いつのころからか、28歳がその潮目と考えるようになっていた。
ただ、会社を辞めるにあたって、気になることがあった。それは、丸正産業への就職を世話してくれた麻植正弘さんとの約束だった。入社の前に「一生、ここで働く気はあるのか?」と聞かれ、私はその場で「はい」と答えていた。それは決してその場逃れの偽りではない。その時は将来の自分の夢の実現に確信を持てていなかったのだ。






