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 21歳でアイガー北壁登頂に成功し、当時の最年少、最短時間を記録して世界に名を轟かせたアウトドア用品メーカー・モンベル会長の辰野勇氏。辰野氏が28歳で創業した同社は今年で50周年を迎え、全国に120店舗以上を展開する人気ブランドに成長した。本連載では『経営と冒険 辰野勇 私の履歴書』(辰野勇著/日経BP 日本経済新聞出版)の一部を抜粋、再編集。冒険心と起業家マインド、リスクと決断、収益と社会貢献など、著者の実体験に基づく考察やビジネス教訓を紹介する。

 今回は、判断力と決断力を求められるカヤックの魅力、登山家のリスクマネジメントと経営、モンベルの海外進出のエピソードなどを紹介する。

カヤック

経営と冒険』(日経BP 日本経済新聞出版)

■ 判断力と決断力、山と共通点

 この頃、アイガー北壁登攀者の高田光政さんや大倉大八さんなど、往年の登山家たちが期せずしてカヤックを始めていた。私は高田さんから使わなくなったファルトボート(組み立て式カヤック)を譲ってもらい、あちこちの川に出かけるようになった。

 カヤックとロッククライミングには共通点があるように思えた。難しい瀬を越える時、一瞬の判断力と決断力が求められる。そして一歩踏み出せば後戻りはできない。クライマーたちがカヤックを志向する感性が理解できた。「昔六甲、今琵琶湖」。高校時代は毎週のように六甲山のロックガーデンに通い、今は琵琶湖から流れる瀬田川に通っている。そんな私を妻があきれてそう言い表した。

 登山を愛好するモンベルの社員たちにもカヤックを勧めた。1977年、初めての社員旅行は、琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)にカヤックでツーリングすることにした。総勢7人で湖北の菅浦(すがうら)から漕ぎ出して竹生島に上陸。宝厳寺(ほうごんじ)の参拝をすませて、カヤックで戻り始めた頃から、琵琶湖特有の伊吹颪(いぶきおろし)が吹いて三角波が立ちだした。

 とめどなく襲ってくる波に翻弄されてタンデム艇(2人乗り)1艇が転覆してしまった。起こして2人を再び乗艇させようとしたが、波に揉まれて這(は)い上ることができない。その時、遠くを航行していた遊覧船が方向を変えて近づいてきた。「救助してほしいか?」と拡声器から呼びかけがあった。申し訳ないとは思ったが、結局、全員引き上げてもらった。初の社員旅行はそんな強烈な思い出を残した冒険旅行になってしまった。