生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか? 本連載では『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)の著書がある京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件は何かを探っていく。
第4回は第3回に続き、エアビーアンドビーの創業時の試行錯誤に焦点を当てる。大手ベンチャーキャピタルとの契約が決まったものの千三つのスタートアップ企業の一社に過ぎなかったエアビーアンドビーは、いかにイノベーションを生み出したのか。
ビジネスの根幹を揺るがす大トラブル
大手VCから投資を得られたブライアン・チェスキーら3人はついにエアビーアンドビーのビジネスを本格的に始めた。当時泊まりたい人は多かったが、家を提供してくれるホストは不足していたため、ホストにギフトを送り、家の提供を促したり、決済システムの改良に取り組んだり、ホストとゲストのマッチングサイトの作成を急いだり、当時流行り始めていたFacebook(現メタ)で広告を出し、ユーザーからの支持も集めていき、2010年にはスマホ用のアプリも開発した。
こうした機能向上や、リーマンショックによる景気悪化で安価な旅行の需要が高まったことにも後押しされ、エアビーアンドビーは投資家の注目も集め、2011年7月には未上場ながら会社総評価額は10億ドル(約1500億円)を超えた。
前回紹介したように、創業期に投資家が誰もエアビーアンドビーに手を出せなかった一番の理由は、安全の問題だった。赤の他人を自分の家に泊まらせるということは、ほとんどの人から見れば、トラブルの塊のように思えたからだ。
それでも創業者の3人は、彼らのデザインしたツールが身を守る助けになると言ってきた。ゲストとホストのプロフィールと写真、そして双方向のレビューシステムがそのツールである。2011年までは、まだなんの事件も起きていなかったので、万事問題ないと自信を持っていた。
そんな順調なある日、2011年6月、EJと名乗るホストの女性が、ゲストによって貸した家が滅茶苦茶にされたという被害をブログで報告した。単に散らかしたというレベルではなく、悪意を持って彼女の家を破壊したのだ。
持ち物は切り裂かれ、鍵をかけていたクローゼットのドアは破られ、カメラもiPodもコンピューターも祖母の形見も出生証明や社会保障カードも盗まれた。蓋をしたまま煙突でものを燃やされたために、全てが灰で覆われており、枕は破られ中身が散乱し、浴槽には「ごわごわの黄色い物体」がこびりついていた。このブログがネットニュースに取り上げられると、エアビーアンドビーのホラーストーリーとして一気に拡散した。