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 一口に「デジタル化」といっても、その中身はさまざまだ。請求書のペーパーレス化、顧客窓口でのAI活用、アプリと最先端テクノロジーを掛け合わせ、ライドシェアのような新しいビジネスモデルを構築することが「デジタル化」と一括りにされることもあるが、本来はまったくレベルが異なる。デジタル化の最終目標であるDXを目指す多くの企業にとって、そこへ到達するまでのプロセス、各レベルで求められる施策を把握できれば、「デジタル化」への理解が深まり、より戦略的に、そして着実に変革を推し進められるのではないか。

 本連載では、『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮新書)の著者・雨宮寛二氏が、国内の先進企業の事例を中心に、時に海外の事例も交えながら、ビジネスのデジタル化とDXの最前線について解説する。第2回は、情報基盤を活用し、原材料生産から商品の企画・販売まで、サプライチェーンの可視化を進めるファーストリテイリングのデジタライゼーションについて解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 「やってみなはれ」、サントリーが挑むDXと新浪社長が目指す生成AIの活用とは
■第2回 ファストリ、デジタル化でサプライチェーンを“完全可視化”する本当の狙い(本稿)
第3回 AIとデータ活用で何を実現?リクルートが目指す新たなビジネスモデルの真価
■第4回  イオン、ライオン、楽天・・・先進企業による「デジタル物流改革」の最前線


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ファストリが目指すサプライチェーンの可視化

 ユニクロやGUを運営するファーストリテイリング(ファストリ)が、近年、注力しているのは、サプライチェーン(供給網)の管理強化です。デジタライゼーションにより「サプライチェーンの可視化と一元管理」を進化させることで、サステナビリティ経営の実現を目指しています。

 ファストリが目指すサプライチェーンの可視化と一元管理は、供給網の最上流に位置する衣類の原材料調達までの工程を含めるものであることから、日本のアパレル大手では初めての試みとなります。

 アパレル産業におけるサプライチェーンの工程は、ファストリのような商品の企画販売を行う小売に至るまでに4つの工程が存在します。

 その工程は、小売に向けて「生地の裁断や縫製により商品化する工程」(1次取引先)を起点として、「糸から生地を織る工程」(2次取引先)、「繊維から糸を紡ぐ工程」(3次取引先)、「原材料を生産する工程」(4次取引先)へと遡ります(図表1)。

 従来、川下に位置する小売業者が、上流工程で扱う繊維の原材料を追跡することは困難を極めるものでした。なぜなら、紡績や織布など工程ごとに事業者が異なるうえ、原材料の調達網は世界各地に点在するという状況にあったからです。

 そのため、ファストリが自社で行う管理可能領域も、1次取引先である縫製工場に加え、2次の素材工場に留まるものでした。3次の紡績工場については、素材工場を通じて一部を把握するのみで、4次の原材料調達先である農場や牧場に至っては、申告や認証ベースでの把握という程度に過ぎませんでした。

 そこで、ファストリは、3次取引先である紡績工場までを視野に入れて労働環境モニタリングなどの定期監査に着手します。2021年に生産部とサステナビリティ部を中心に100名規模のプロジェクトチームを立ち上げてトレーサビリティ(生産履歴の追跡)を確立し、2023年8月末までに定期的に監査を行い、人権や環境へのリスクを点検する体制を整えています。

 人権や環境への配慮は、2020年に明るみになった中国・新疆ウイグル自治区での強制労働を巡る問題が大きく影響しています。米国がこの問題に関連して、強制労働の疑いがある製品の輸入を次々と規制していく中で、ファストリについてもその矛先が向けられました。ファストリとしては、「第三者認証で強制労働と関連がないと確認された綿を使っている」と主張したものの、米国側に証明が不十分と判断され、シャツの輸入が差し止められたことがあります。