早稲田大学ビジネススクール 教授の杉田浩章氏(撮影:今祥雄)

『成長を生み出し続ける企業の10年変革シナリオ 時間軸のトランスフォーメーション戦略』の著者であり、経営コンサルタントとして名だたる企業の経営改革に関わってきた杉田浩章氏は、トランスフォーメーション戦略には5つのポイントが不可欠だという。前編では、その中の2つ、「時間軸の投資ポートフォリオ」「自ら仕掛ける市場創造」について解説をしてもらった。後半は残りの3つについて、その重要性と企業がすべきことを聞く。

企業は社員の意識を変えることに本気で取り組むことが必要

――長期的なトランスフォーメーションを実現する5つのポイントとして、前編では「時間軸の投資ポートフォリオ」と「自ら仕掛ける市場創造」という2つの海図を作る「ハードな戦略」について解説いただきました。残りの3つについて教えてください。

杉田浩章氏(以下敬称略) まず、ビジョン・ミッション・戦略につながって、社員のマインドセットや組織カルチャーの変革を促進する「パーパスの言語化」と「成長を支える投資マネジメント」という社内外の重要なステークホルダーという人に着目した「ソフトな戦略」が挙げられます。

 パーパスという言葉自体は知られるようになりましたが、実際にパーパスを定めているのに社内で知らない社員も結構いますし、確かこんな文言だった気がするという程度にしか浸透していないところもあります。

 しかし、パーパスは戦略や評価などの人事システムと連携させることで、企業で働く社員のマインドセットとカルチャーそのものをトランスフォームさせる。つまり、パーパスは企業のカルチャーをトランスフォームする起点になる重要なものなのです。

 それでもパーパスの形骸化が起こるのには理由があります。例えば、「自分たちが置かれている今の環境の中で、パーパスを実現させるときにどういう行動を取るのか」あるいは「パーパスに照らし合わせた時に自分たちの事業において何をどう変えていくのか」。こうしたことについて、具体論としてつながっていくよう思考できる事業環境の整備と、今の自分において何を変えることができるかという思考を促すことを社員に課していないことがあります。それがないと、自分ごと化していかないのです。

杉田 浩章/早稲田大学ビジネススクール 教授、ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー

JTBを経て、ボストン コンサルティング グループに入社以来30年弱にわたり、消費財、メディア、ハイテク、産業財など、さまざまな業界の経営課題の解決を支援。2006年から2013年にかけてBCGジャパンのオフィスヘッド、2016年から2020年にかけては同社の日本代表を務めた。現在は同社のシニア・アドバイザーのほか早稲田大学大学院経営管理研究科の教授、ユニ・チャームの社外取締役、Kaizen Platformの社外取締役を務める。

――企業の取り組みをいかに自分ごと化させるのかは、どんな業種業態にかかわらず企業が抱えている課題ではないでしょうか。

杉田 最近、日本企業で、従来の雇用形態であるメンバーシップ型ではなく、職務に必要なスキルをもった人を採用するジョブ型が注目されています。

 ジョブ型雇用の本質とは、これまでの企業側が採用した社員のキャリアについて責任を負うことが暗黙的に期待されていた制度に対して「自分がしたいことを実現するための能力や機会の獲得といった責任を個人としても負うこと。個人と企業が対等な関係でお互いが成すべきこと、提供すべき価値を契約として握ること」です。

 今までの多くの社員は、世間的に優良だとされる会社に入社して、高いレベルの教育を受けるなど何となく良い環境を与えられて成長してきました。成長のためのお膳立ては会社がしてくれたのです。

 しかし、ジョブ型雇用の導入は、こうした社員と会社の関係性を大きく変えます。

 社員にとっては「自分がこの会社に属していることの意義とは何なのか」「やりたいことを実現するために、社内でどんな機会を得て、何を身に付けたいのか」を徹底的に考えることが求められます。

 逆に、企業には、「この会社の存在意義は何か」「世の中の環境変化の中でどのような社会課題に向き合い、何を実現する会社であるのか」を示して、社員が自社にとどまり、ここで働くことの意欲を刺激することが重要になります。同時に、今までオーナーシップをもてなかった社員に対して「自分はなぜこの会社にいるのか」「この会社で何を成し遂げたいのか」を一人一人に問い、自分ごと化できるオーナーシップを持った社員に変革することも必要になります。

 自分ごと化やオーナーシップがない社員は、チャンスを獲得できる機会が持ちにくくなり、いくら年功を重ねても、成長していく意思の低い人は評価が上がらないのがジョブ型雇用です。

 そのため、社員は「企業が目指すありたい姿と、自らがこの場で何を成し遂げ、どのように成長していきたいのか」のアラインメントをとることが求められます。企業はそうしたオーナーシップマインドを持った社員に意識変革することに本気で取り組むことが必要になるのです。