創業110年を迎えるヤンマーグループは、2022年6月にCDO(最高デジタル責任者)職を新設し、DXの強化に乗り出した。初代CDOに就任したのは、前ヤンマー建機代表取締役社長の奥山博史氏だ。建機でデータ活用を積極的に推進し、着実に成果を上げた手腕に期待がかかっている。これまでの課題解決への取り組みをはじめ、同グループが目指すデジタル戦略とその具体策、人材育成について、奥山氏に聞いた。
クイックにシステム間のデータを連携・見える化し、意思決定を迅速化
――大学院修了後、大手総合商社、外資系戦略コンサルティングファームを経て2015年にヤンマーに入社されています。同社を選んだ理由は何でしょうか。
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奥山 ヤンマーの創業は1912年(明治45年)です。創業者、山岡孫吉の「労働の負担を機械の力で軽減し、農家の人々の仕事を少しでも楽にしたい」という思いから始まりました。1933年にはディーゼルエンジンの小型化に世界で初めて成功。その後も様々なイノベーションを起こし、産業用エンジンを軸にアグリ、建機、マリン、エネルギーシステムなどの事業をグローバル展開しています。
今も「A SUSTAINABLE FUTURE―テクノロジーで、新しい豊かさへ。」をブランドステートメントに掲げ、高い技術力をベースに世界中の農業や漁業などが抱える課題にソリューションを提供し続けています。このような事業を展開するヤンマーは「日本人として応援したくなる会社」であること。そして、私が培ってきたグローバルな視点や戦略眼を生かし、企業の成長に貢献できそうだと考えたことが入社を決めた理由です。
――ヤンマー建機ではデータ活用を積極的に進められたそうですね。
奥山 はい。データ活用に課題を感じ、その解決に本格的に取り組みました。システムの連携ができていないため、データ分析に時間がかかっていたからです。例えば、どの製品を何台造り、どこの市場に出荷すべきか、といった重要な意思決定に使うための製品別の連結採算に関するデータが、その都度複雑な表計算シートを計算しないと出てこない状態でした。為替レートや海上輸送費も日々変わるため、もっと高頻度にデータ・ファクトを確認したうえで意思決定が行える環境が必要だと感じました。
中長期的なプロジェクトで基幹システムやデータ基盤の再構築を行っていますが、その完成を待っていたら数年かかってしまいます。まずは、複数の基幹システムの元データをデータウェアハウスに集めて一元化し、BIツールを使って分析できるようにしました。成果を優先したクイックウィンの手法を使うことで、意思決定が迅速化しました。この進め方は、当グループの製品やサービス開発、カルチャー変革にも活用していく方針です。
データの一元化は簡単なことのように思われるかもしれませんが、実現するためには各事業会社と密に連携し、現場を巻き込んだ動きが大切になります。「表計算でやった方が早い」「これまで通りで問題ない」という声や「何かあると復旧作業が大変。データをいじられるのは困る」といったシステム運用面での懸念の声も上がりました。こうした意見に向き合いながら、意識改革してもらえるように、足しげく現場に通いました。
丁寧なコミュニケーションで現場の意識改革を図る
――現場にデジタルへの意識を持たせるために、どのように説得したのでしょうか?
奥山 デジタル化の効果や会社の方針を丁寧に説明し、どういうメリットがあるかを実感としてわかってもらうことが重要です。例えば、「これまで何十人もの人がこれだけの工数をかけてやっていたことが、一瞬で終わるようになる。そうすると、あなたの今の仕事の時間が短縮され、もっと付加価値の高い、こういう仕事に集中できるようになります」というように話します。また、情報システム部の担当者には「あなたたちが一所懸命貯めてきたデータを最大限有効活用できるようになる」ことを伝え、日々の仕事が具体的な成果につながることを説明しました。
当社の社員は基本的に、自分の仕事をやり遂げることにプライドを持って働いています。そこで、目の前の仕事に集中するだけでなく、視野を広げて自分に今何が求められているのか、その気づきを与えることが大切です。私とともにDX推進担当者2~3人が現場に密着し、こうしたコミュニケーションを粘り強く続けてきました。
不具合が発生したときの対応については、すぐに成果が出始めました。その製品がどの工場の生産ラインでどのように造られたか、どのサプライヤーからの部材を使っているか、どのあたりに原因がありそうかといったことがより早くわかるようになり、対応のスピードが一段上がりました。
成果が全体的に出始めたと感じるまでには2年近くかかりましたが、その後もデジタル活用が形骸化しないように根気よくフォローしています。加えて、各事業部のDX推進担当者を集めて定期的に勉強会を開催し、情報共有によって組織全体のレベルアップを図っています。