ヘルスケアのイノベーション創出に向けたトレンドと取り組みを紹介するオンラインカンファレンス「CHUGAI INNOVATION DAY 2022」が2日間にわたって開催された。2日目のテーマは「DIGITAL INNOVATION」。セッション2では、データを活用した健康医療産業の成長、国民のQOL向上、国の医療費削減につながる取り組みを紹介。医療ビッグデータの利活用に向けて、法規制の見直しや普及のための課題など、日本の医療DX実現に向けた議論を展開します。

健康医療産業は「データヘルス」で持続可能な長寿社会に貢献

 1つ目のプレゼンテーションには、東京大学未来ビジョン研究センター データヘルス研究ユニット特任教授の古井祐司氏が登壇。健康医療産業の成長に向けた「データヘルス」について語った。

 データヘルスのキーワードは「成長と分配」だ。データを活用して医療や健康づくりのノウハウを吸い上げ、健康医療産業の成長を促進するとともに、これを分配して地域格差なく国民のウェルビーイングを高めていく。日本人全体をカバーする国民皆保険制度をプラットフォームとして活用する。

 2005年の「医療制度改革大綱」には、治療重点の医療から疾病の予防を重視した保険医療体系への転換が盛り込まれた。その一歩が2008年に開始したメタボリックシンドロームに着目した特定健診であり、これを基盤にレセプトに加えて、健診データなどの電子的標準化が実現。現在は、全国3400の医療保険者が「データヘルス計画」の作成・公表、実施、評価に取り組んでいる。

 データヘルスは、働き盛り世代の健康増進にも寄与する仕組みだ。健康状況と労働生産性には相関があり、古井氏らの研究では健康と体調不良の損失額の差額は、社員1人当たり年間100万円と示された。データヘルスが標準化された健康保険は、民間企業のソリューション開発および実装の実証フィールドになりつつある。これにより健康医療産業の成長を促し、多様な健康課題を抱える長寿先進国である日本の強みを生かせる。

 また、データヘルスによって、地域・職場の医療費・健康状況の格差が可視化された。そこで2020年からは「データヘルスの標準化」を掲げ、誰もが質の高いサービスを受けられる「標準予防」を目指す。健保組合、共済組合、協会けんぽ、国民健康保険横断でヘルスケアデータの電子的な標準化を進め、精度の高いデータを蓄積する基盤構築や、マネジメントのための教育研修なども開催している。

 今後は、ヘルステックによる疾病コントロール、医療資源の偏りを最適化する診療支援AIなども、実証フィールドを使って検証していくことが可能。子どものデータヘルスも始まり、静岡県では35市町村のレセプト・健診データを分析して、地域の健康の特徴を可視化し、小学校でデータヘルス教育を実施。家族の行動変容にもつながっている。

「これまで政府の大きな政策と医療や自治体の現場をつなげることは難しかったのですが、今後はこれらをデータでつなぐことができると考えています」と古井氏は語った。

医療DXにおけるデータプロバイダーの役割と将来像

 2つ目のプレゼンテーションには、JMDC取締役副社長兼CFOの山元雄太氏が登壇し、データプロバイダーとして果たす医療DXへの役割について紹介した。

 2002年、JMDCは紙のレセプトからデータベース作成するデータプロバイダーとして創業。データとICTの力で持続可能なヘルスケアシステムを実現することを目指し、ヘルスビッグデータ事業を展開する。医療機関や保険者から許諾された患者の治療データを取得し、匿名化・クレンジングして、国やアカデミア、製薬企業などに提供している。

 また、蓄積したノウハウや技術を生かし、単にデータを提供するだけでなく、さまざまなパートナーと連携しながら、さまざまなデータを活用するサービス、アプリケーションをつくり、さらなるデータの獲得とサービスの改善・創出のサイクルを回す、データのエコシステムを構築している。

 例えば、データヘルスにおけるサービスでは、レセプト・健診のデータを使った、人工透析、脳梗塞、心筋梗塞などの重症化予測モデルがある。市町村と連携し、重症化予測モデルでスクリーニングをした人たちに手厚い介入を行い、特定のリスク者に届く予防医療を実現している。健診結果から健康年齢を割り出すサービスは、保険者へ提供する他、保険会社と連携してこれをインセンティブにする試みも行われている。

 また、パーソナルヘルスレコード(PHR)では、アプリで自分の健康状態を把握し、アドバイスや行動に応じたポイントを獲得できる。クリニック向けのDXサービス「メルプ」は、近隣の医療機関検索、受診相談、デジタル診察券などが提供される患者に向けたPHRサービスだ。国内最大遠隔画像診断のサービス「Tele-RAD」では画像診断AIの開発サポートも行っている。

 同社は将来を見据えて、データの用途開発・拡充を進める。データサイエンスと医療、ヘルスケアのナレッジを組み合わせてサービス化し、バリューチェーンを拡大していく。また、データ利活用には、プライバシーとのバランスが欠かせない。さまざまな制度に合わせてデータの使い方を変えながら、価値を創出していくという。

「データを集め、利活用できる状況をつくる。これは私たち独自で発信してできることではありません。データを使う方々の意見・相談・要望があってこそ実現し、社会に浸透していくのだと考えます」

政府が見据える医療DX、次世代医療基盤法による医療ビッグデータの活用

 3つ目のプレゼンテーションには、内閣府健康・医療戦略推進事務局 次長の西村秀隆氏が、政府視点の医療DX、次世代医療基盤法を紹介した。

 医療情報は医療現場、社会、個人にとって非常に重要なものだ。この医療情報を医療機関に流通させれば、過去の治療履歴を踏まえた治療計画を立てることができ、個人の生涯にわたる医療情報を把握できれば、それぞれの健康増強にもつながる。これが政府の見据える医療DXの全体像だ。

 その実現のために、政府が担うべき役割は大きい。安心・安全なデータ流通のメカニズムの構築、全ての人が利用できるよう標準化が必要。次世代医療基盤法は、医療現場からの情報を集約し、医療ビッグデータとして提供するための枠組みだ。

 医療ビッグデータ(リアルワールドデータ:RWD)を使った国内の事例としては、AI診断支援システムの実用化、疾患の地域分布の可視化を通じた地域医療の高度化などがある。イスラエルでは、RWDを用いてコロナワクチンの効果を迅速に検討し、論文として発表。アメリカでは、女性用の乳がんの薬剤のデータを使って、男性乳がんに対して追加承認を取得するという事例も出てきている。

 次世代医療基盤法は、病院、診療所、市町村などの医療情報を集め、国が認定した事業者のもとで厳格な管理と確実な匿名化をした上で、研究機関、製薬企業に提供する。現在、この仕組みには、弘前市、逗子市など自治体の参加も含め、日本全国で100以上の機関が参加している。

 ただ、医療情報の活用は思うように進んでいない面もある。本当に使えるRWDの環境をつくるためには、実際に医療情報を使う現場の声が必要不可欠だ。次世代医療基盤法の制度見直し検討の中では、「匿名化のために、極めて希少な症例が提供できない」「元データに立ち返れない」「薬事当局の検証ができない」などさまざまな課題が、現場からあがってきている。

「医療研究を加速し、一人一人により良い医療を提供し、持続的な医療社会を実現するためには、皆さんの協力が欠かせません」と西村氏は強く語った。