ヘルスケアのイノベーション創出に向けたトレンドと取り組みを紹介するオンラインカンファレンス「CHUGAI INNOVATION DAY 2022」が2日間にわたって開催された。1日目のテーマは「R&D Innovation」。セッション3では、国内外のバイオベンチャーエコシステムに関わるステークホルダーが登壇。「スタートアップ×製薬企業」による可能性、持続的な日本発ヘルスケアエコシステム構築に向けた課題と今後の展望を語った。

左から嶋田英輝氏、小栁智義氏、吉川真由氏、高橋俊一氏

SPARKが実現するTranslational Scientists without Borders

 1つ目のプレゼンテーションには、京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構 ビジネスディベロップメント室室長兼特定教授の小栁智義氏が登壇。国内初の医療アントレプレナー育成プログラムSPARKを中心に、エコシステム構築について語った。

 現在、70%のモダリティはスタートアップやアカデミア発だ。世界のメガファーマは共創することでこれを成長の源泉にしてきた。一方で、日本はこれを成し得なかった。

 小栁氏の活動の原点は、スタンフォード大学で師事したDana Mochly-Rosen教授が2002年に立ち上げた、心筋梗塞の新薬開発のスタートアップにある。シリーズAで2800万ドルを調達するまでに、50を超えるVC(ベンチャーキャピタル)へのプレゼンを教授自身が行った。この経験から、基礎技術、特許の実用化に向けたトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)のトレーニングプログラム「SPARK」を立ち上げることになる。

 2006年にスタンフォード大学医学部で開始したSPARKは、有望な技術保有者に非臨床データ試験の資金、専門家メンターによる指導を提供してきた。これまで創出したスタートアップの時価総額は6000億円を超えるという。現在は世界70以上の研究機関が参画しており、「Translational Scientists without Borders」を掲げ、国境を超えた、サイエンスによる課題解決を目指す。

 また、小栁氏は今年8月まで在籍した筑波大学で同様のプログラムResearch Studioを実施。74人、23グループを支援し、起業に至ったのが6チーム、4年間で治験までに結び付き、調達額は40億円に達している。

 日本の医療系スタートアップが遅れをとっている理由は、投資家、起業家の不在や投資環境以上に、リスク評価体系がないことが影響しているという。また、日本のスタートアップは治験のPhaseⅡaまでの計画が描き切れておらず、資金的・技術的に民間の研究開発と接続できていない。ここに官民一体のグランドデザインが必要だという。

 小栁氏は現在、京都大学で医療情報やヒト由来サンプルを使い、ベンチャーの事業モデルを検証しサポートする試みを行っている。また、ライフインテリジェンスコンソーシアム(LINC)での活動を通じて、製薬企業研究者とIT企業エンジニアのコミュニケーションを形成して、DXによる製薬業界の非連続的な成長を模索する。

「Rosen教授は“START WITH THE END IN MIND”最後まで考えて始めよ、といつも言っていました。患者さんに使われるタイミングで何が必要なのか。製薬業界でいうターゲットプロダクトプロファイル、これを実現していくプラットフォームの1つがエコシステムだと考えています」と小栁氏は語った。

海外VCとの連携による、日本のヘルスケアエコシステム活性化への取り組み

 2つ目のプレゼンテーションにはAN VenturesのFounding Partnerである吉川真由氏が登壇し、日本のヘルスケアエコシステムの活性化に向けた、VCとしての取り組みを紹介した。

 吉川氏は今年、米国のVCと連携して、バイオ創薬に特化したVC、AN Venturesを立ち上げた。その投資戦略は、日本のアカデミア発の技術をコアにした投資をするというものだ。また、スタートアップビルドにおいては、創業の早い段階で米国に本社を移し、米国の豊かな人材や市場を活用しながら、グローバルなVCとシンジケートを組んで「最初から世界で戦う」ということをゴールにする。

 吉川氏はグローバルでVCと関わってきた経験の中で「日本のアカデミアのシーズは世界のトップVCにも通用する」という再認識を得たという。現状は、「スタートアップへ日本のアカデミアのポテンシャルを生かしきれていない」と考え、日本発のヘルスケアエコシステムの構築へとまい進している。

 そこには幾つかの顕著な課題がある。バイオ創薬に投資可能なVCマネーが不足していること。人材が流動化せず、スタートアップに優秀な人材が不足していること。個人投資家が多く占める市場で、スタートアップを評価する機関投資家が限定的であること。こうしたことを踏まえて、AN Venturesは成熟した市場を持つ米国をフルに活用しながら、日本発のスタートアップをサポートする方法を選んだ。

 また、米国ではシードからIPO後まで一貫してバックアップする投資家が多いため、スタートアップがR&Dに集中できる環境がある。一方、日本は研究開発中に資金ショートに迫られ、追加資金の調達に奔走したり、資金の制約の中で研究をグレードダウンしたりするケースが散見される。

「私たちはこの環境を変えて、シードからレイターまで継続してカバーできるファンドを運用していきたいと考えています。そうすることで、まだ生かしきれていない、バイオテック、創薬のポテンシャルのギャップを埋めていきます」

シンガポールサイエンスエコシステムからの創薬

 3つ目のプレゼンテーションには、シンガポールから参加したCHUGAI PHARMABODY RESEARCH PTE.LTD.(CPR)のCEO兼 Research Headの嶋田英輝氏が、シンガポールのサイエンスエコシステムと、CPRの役割について紹介した。

 CPRは2012年に設立された、創薬研究に特化して抗体・中分子プロジェクトの推進・開発を担う約150人の研究組織だ。シンガポールには、政府が科学技術に力を入れているためにさまざまな産業支援があり、コンパクトに関連企業や研究施設がまとまっているためネットワークが構築しやすく、東南アジアのトップタレントが集まるというメリットがある。CPRも、シンガポール最大の研究機関A*STARを含めて政府が投資設置してきたバイオポリスに位置し、創業当時から経済産業庁(EDP)の支援を受けながら、事業を拡大してきた。

 CPRはシンガポールのサイエンスエコシステムと、創薬の上流で共同研究を行う。例えば、熱帯地域特有のデング熱の抗体医薬、Covid-19の抗体医薬でA*STARと協業。CPRは抗体技術、A*STARはウイルス研究と、互いの強みを持ち寄ることで、単独の研究では達成できない成果を出している。また、CPRはシンガポールで唯一の創薬研究を行う研究所として、エコシステムが見いだしたバイオロジーの知見に対して、製薬企業としての観点で評価・アセスメントを行い、これに貢献してきた。

 シンガポール政府の科学技術への投資額は20年前から4倍になり、バイオテックのスタートアップの数も急激に増えている。細胞医薬や遺伝子治療などの新興のモダリティを扱う企業も多く、政府の投資に伴ってエコシステムが活性化してきている。

 人材面においてもCPRは、シンガポール国立大学やNKUといった世界でもトップレベルの大学の卒業生をはじめ、シンガポール国内だけでなく、欧州や東南アジアから優秀な人材を獲得している。「日本に比べて多様性のある組織をつくりやすい」と嶋田氏は語る。

「サイエンスだけでなく、マネジメント人材を育てるといった製薬企業ならではの役割もあります。将来は、活躍の場をエコシステムに移す人材も出てくるでしょう。CPRのアルムナイが大きなネットワークになって、シンガポールのエコシステムに貢献していく未来を描きながら、シンガポール独自の創薬をリードしていきたいと考えています」