企業は事業活動を通じて、人権を侵害することがある。人種や性別、宗教の違いで処遇に差をつけたり、不当に安い賃金で劣悪な環境下で働かせたりするような事例だ。国境を越えて事業活動を展開する企業は、各国での法令順守だけでなく、国際的な人権の基準に照らし合わせた対応が求められるようになってきた。

 国際労働機関(ILO)が発行した「現代奴隷に関する報告書」 によると、2016年時点で全世界には約2億4900万人が強制労働させられている。これは世界人口の約3%に相当。地域別ではアフリカが最も多く、次いでアジア・太平洋地域となっている。

米ナイキ社は下請け工場で児童労働などを放置と批判された

 特に問題視されているのがサプライチェーン内における人権尊重だ。国連は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」をつくり、各国に具体化を促した。これを受け、いち早く動いたのが英国だ。2015年に「現代奴隷法」を制定し、企業に供給網上の人権リスクの把握や調査、開示を要請した。その後、フランスやオーストラリアなどでも同じような法律がつくられた。

 実践指針として重視されるのが「人権デューデリジェンス(人権DD)」だ。これは事業活動全体でサプライヤー、社員、顧客、地域社会などのステークホルダー別に、どのような人権に対する「負」の影響を与えるかをリスク評価し、リスクが高い問題に絞り込んで対策を講じる過程をいう。

 デューデリジェンスを実施していれば、仮にサプライヤーの違法行為が判明しても、実施していない場合に比べると社会的非難は少ないと考えられる。結果として自主的にデューデリジェンスを実施することは企業の利益に合致する。

 スポーツ用品をはじめアパレル関連企業では、デザインなどの商品企画、宣伝などは自国で行い、製造は賃金の安い東南アジアなどの開発途上国の工場に委託するのが通例である。その製造過程で人権を侵害するケースの常態化が問題視されてきた。大手スポーツ用品メーカーの米ナイキ社は、1990年代後半に開発途上国の下請け工場で児童労働などを放置した、と批判された。

 1997年、ナイキ社が委託するインドネシアやベトナムといった東南アジアの工場で、劣悪な環境での長時間・低賃金で働かせられたり、児童が強制的に働かされたりしている実態が発覚し、米国のNGO(非政府組織)がナイキ社の社会的責任を追及した。資本関係がない下請け工場に発注しているため、責任は現地の工場経営者にあるとナイキ社側は弁明したが、同社製品に対する世界的な製品の不買運動が起こり、同社は経済的に大きな打撃を受けた。

 サプライチェーン全体の中で、安全で衛生的な労働環境の確保や児童労働などの排除に取り組まなければ社会からの批判は免れない。その後、ナイキ社はCSR担当副社長を置いてNGOの協力で実態調査に乗り出し、大きく経営方針を転換した。

 2015年に国連が掲げ、今やグローバル企業の多くが経営指針にしている「持続可能な開発目標(SDGs)」は、「強制労働を根絶し、現代の奴隷制、人身売買を終わらせるための緊急かつ効果的な措置の実施、最悪な形態の児童労働の禁止及び撲滅を確保する。2025年までに児童兵士の募集と使用を含むあらゆる形態の児童労働を撲滅する」と訴える。