東京大学大学院工学系研究科で教壇に立つ松尾豊氏は、主催する松尾研究室にて、企業向けに「AIを活用し、未来を創る経営人材を育成する実践的講座」を開くなど、企業との共同研究を通したスタートアップの加速などに取り組んでいる。松尾氏は2つのDXについて説明した上で、AIのディープラーニング活用の重要性を説きつつ、重要な観点として「複利計算式」を取り上げる。複利計算式から分かるDXの本質とは何か。

※本コンテンツは、2021年11月24日に開催されたJBpress主催「第11回 DXフォーラム」の特別講演Ⅳ「DX時代のAI(ディープラーニング)活用」の内容を採録したものです

日本には先回りをするような取り組みが必要

 日本はDXが定義された2000年代の20年、あるいはそれ以前からの30年、やるべきデジタルシフトをやってこなかった。それが、シリコンバレーや中国に後れを取っている根本的な要因になっている。松尾氏は、「今になって追い掛けるだけでは意味がない。先回りをするような取り組みが必要」と話す。

 DXは、デジタイゼーション(Digitization)とデジタライゼーション(Digtalization)に分けて語られる。デジタイゼーションはアナログの情報をデジタルに置き換えることを示し、デジタライゼーションとはデジタル化した情報を業務効率や価値の向上に活用することを示す。“追い掛けている”日本企業は、デジタイゼーションにとどまりがちだ。この2つの根本的な違いの理解を深めるため、松尾氏はタクシー業界のDXを例に挙げ、説明する。

「従来はユーザーが電話をかけると、オペレーターが運転手に無線で指示をしていました。それが、タクシーにGPSを搭載することで各車の位置が把握できるようになり、それをもとにオペレーターはより的確な配車が可能になりました。これがデジタイゼーションです。さらにデジタル化が進み、ユーザーがスマートフォンのアプリを通じて行き先を入力するだけで、近くにいるタクシーが配車される仕組みができました。これがデジタライゼーションになります」

 同じように小売りでは、紙媒体で管理していたものをデジタルに置き換えるデジタイゼーションにより、在庫管理や顧客の購買履歴などのデータ管理が可能になった。さらにデータは、デジタライゼーションにより、サービスの差別化に活用されるようになっている他、一気に取り組みを進め、レジに並ばずに精算ができるキャッシャーレスを実現した店「Amazon GO(アマゾンゴー)」が誕生した。

「日本では、画一的に上図の左から順にDXを進めがちですが、最終的な目的地であるデジタライゼーションを意識することが、ゴールへの近道です。あらゆる業界において、ユーザーが求める商品・サービスを提供するという変化が起きています。変化を先取りして、ビジネスに反映していくことが、“先回り”することにつながります」

ディープラーニングにより、DXの可能性が大きく膨らむ

 松尾氏は、その際に鍵を握るのが、AIのディープラーニングだという。

「左側の顔・文字・医用画像などの赤字部分ですが、例えば、『顔』の画像情報は従来活用が難しかったのですが、ディープラーニングを使うことで画像認識精度が飛躍的に向上して、デジタルデータとして活用できるようになってきました。自然言語処理の分野でも性能の飛躍があり、特定のベンチマークで測ると、既に人間を超えるようなレベルまで到達してきています。既に予測、異常検知、最適化、マッチングなどが従来にない精度でできるようになっており、さらに最終的なユーザーへの対応にまでディープラーニングの範囲は広がっています。ディープラーニングにより、DXの可能性が大きく膨らんでいるのです」

 自然言語処理では、2020年、オープンAI技術でGPT-3という大規模な言語モデルが登場し、あたかも人が書いたような文章を生成することで話題になった。また、従来は英語から日本語に翻訳するレベルの処理だったものが、英語からプログラミング言語に翻訳処理するレベルの開発にまで及んでいる。

「私たちは多くの場合、言葉を使って仕事をしているので、自然言語を翻訳したり、生成したり、要約したりといった文の『意味』を扱う(理解する)処理ができるAIの進化は、非常に大きなインパクトを持ちます。この観点でも、DXを進める上でディープラーニングは非常に重要な技術と位置付けられるでしょう」