実は日本は、食糧廃棄量世界ワースト3位でありながら、相対的貧困率がOECD加盟国の中で最も高いという極めて不均衡な構造の国になっている。日本IBMでサステナビリティー関連サービス/女性・若者のエンパワーメントを推進する大塚泰子氏は、この不均衡を解決しようと「フードバンク」構想を推進している。

 その活動の中で、彼女はある「モヤモヤ」を感じるようになった。せっかく仕組みを作っても、利用者の心理的障壁や社会の無理解などから、フードバンクが十分に利用されていない――というひっかかりだ。

「困っていたらお互い様。助け合うのは当たり前。これを頭で理解している人は多いのに、何故それを“仕組み”として提供しようとするとうまくいかないケースが多いのか?」

 この大塚氏の「モヤモヤを解決したい!」という情熱を中心に、第7回目を迎える「オニワラ*」座談会が企画された。
*オニワラとは「鬼が笑うほどの未来の日本のあるべき姿」を話し合うIBM Future Design Lab.とHEART CATCHが一緒に進める座談会である。2020年12月からスタートしている。

 参加メンバーは、「助け合うのは当たり前」をソーシャルビジネスとして確立させた、ノーベル平和賞受賞・バングラディッシュのムハマド・ユヌス博士率いるグラミンを日本で展開しているグラミン日本理事長/CEO百野公裕(ももの・まさひろ)氏と、『AI時代の新・ベーシックインカム論』『現金給付の経済学』著者である経済学者井上智洋(いのうえ・ともひろ)氏をスペシャルゲストとしてお招きし、オニワラ座談会のリード役である日本IBM藤森慶太(ふじもり・けいた)氏と筆者HEART CATCH西村真里子(にしむら・まりこ)の4人で、90分の座談会を行った。

 座談会の様子はYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=L5z8j-T322I)でもご確認いただけるが、当記事ではポイントとなるキーワードを抽出してお届けしていく。

「頑張って働け、人に頼るな」日本は世界一自己責任を要求する国

 座談会の模様をお伝えする前に、日本の現状についてもう少し触れておこう。

 日本は世界第3位の食品ロス大国で、年間の食品廃棄量は612万トン(東京ドーム5杯分)とも言われている。その一方で、7人に1人の子どもが貧困状態にあるとされる。特に子どもがいる現役世帯のうち、大人が1人の世帯(いわゆるひとり親世帯)の相対的貧困率はOECD加盟国中で最も高い。もっと言えば、廃棄食品をゴミとして焼却することによりCO2を排出しているので環境にも負荷をかけている。

 この問題に対する一つの解となるのが「フードバンク」の仕組みだ。新商品への入れ替えや包装に問題が生じたなどの理由により、品質に問題がないのも関わらず、市場に流通させられない商品を、困窮者などに配布する仕組みのことである。大塚氏はIBMのテクノロジーも活用し、廃棄される前の食料を適切に必要な方に提供できるフードバンクの仕組みを考えている。ただ、実際に必要な人に届けられない社会的問題があるという。座談会はまずはそこから切り込んでいった。

「仕組みだけを提供しても、社会の理解や利用者の心的安心を考えないとちゃんと必要な人に必要なものが行き届かないことにモヤモヤを感じています。

 原因の一つは、日本は世界一自己責任を要求する国というのもあるのではないでしょうか?

 本当は余っているお弁当を欲しいのに他人の目が気になって、助けを求めることができない。自分が頑張って働かないのがいけないのだ、という自己責任がまさって、目の前の必要なことに手が伸ばせない状況が起きている。どうしたら必要としている人に適切にものを届けることができるのでしょうか?」(大塚氏)

グラミンの教え:『傾聴』。カルチャーに飛び込み、理解してから行動せよ

 この問いに示唆を与えてくれたのが百野氏だ。百野氏が推進するグラミンはマイクロファイナンスの仕組みと教育の併用により世界40カ国で主に女性の社会的自立を支援している。日本では特にシングルマザーの方向けの支援に注力されている。このグラミンでの経験を元にIBM大塚氏のモヤモヤに対し、こんなアドバイスを送った。

「廃棄の問題は企業からよく相談を受けます。直近の例でいうと化粧品会社は季節の変わり目に約2割の化粧品を廃棄してきているのですが、このまだ使えるのに廃棄対象となる化粧品をシングルマザーの方にクリスマスプレゼントとして『贈る』というプログラムを作っています。

 困っている人に対して『支援する』ではなく『贈る』という形で届けていくだけでも受け取る側の心理は変わります。

 グラミンでは受け取る側の心理的ハードルはなんなのかを把握するために、相手のことをよく知る『傾聴』の姿勢を大切にしております。アンケートなども活用し、本当に必要としているものはなんなのか?声を拾い、相手を理解して心理的安全が提供できる環境を作ることが重要です」(百野氏)

「グラミンの創設者ムハマド・ユヌスさんがよく言われるのは、支援相手のカルチャーに飛び込み、ちゃんと声を聞いてからどういうサービスが必要なのか考えるべきであるということ。相手のカルチャーに飛び込み、溶け込む。その上で、提供価値がないのであればやらなくて良い。気をつけるべきは理解しない状態で上滑りなことをやらないようにすることです」(同)

ベーシックインカム:心に余裕を作る「助け合うのは当たり前」の手法

 経済学者井上氏からはそもそもの日本の状況、自分がいつ仕事を失い、死に追いやられるかわからない心の中の焦りを取り除く必要があるのではないかという指摘も行われた。

「まず、日本にはそもそもコミュニティで『助け合うのは当たり前』という文化があったと思います。それが核家族化し、コミュニティがなくなり、追い討ちをかけるように30年続いているデフレ不況が『自分が生きるのに必死』な状況を生み出し、助け合う心を阻んでいると感じています。自殺者・失業率の増加、直近ではコロナもあり、自分がいつ仕事を失い、死に追い込まれるかわからない。

 この、心の中の焦りが染み付いてしまっているのが『助け合う社会』を作る上で問題だと感じています。

 ベーシックインカムを導入することにより最低限の生活への補償が担保され、心に余裕ができ、人助けできるのではないかと思っています。

 日本は知的好奇心に対する関心が低いという調査結果もあります。日本人は学力は高いのに大人になると勉強をしない。日本人は勉強を大学に入るための修行としか考えていないので、有名企業に入り勤務時間を超えて働きクタクタになり帰ってきたらビールを飲んで寝るだけとなってしまう。

 そうするとボランティアへの関心や難しい本を読む余裕がなくなってしまう。貧すれば鈍する、心の余裕が持てない現状を変えるためにもベーシックインカムなどの制度は有効だと考えております」(井上氏)

 ベーシックインカムを導入すると、人々の働く意欲が減退し、一億総怠惰な社会に陥ってしまうと思う方もいるかもしれないが、井上氏の調査データによるとフィンランドでの実証実験によると、ベーシックインカム導入後も人々の勤労意欲は変わらないという。むしろ、離婚率が減ったり最低生活保障があることで創作意欲が増えたりといったポジティブな結果も出てきているという。

 これに対して百野氏は、グラミンが大切にする「依存ではなく、自立」との信条から、井上氏が肯定的にとらえるベーシックインカムという制度に警鐘を鳴らす。

「ムハマド・ユヌス氏は『全ての人は生まれながらにして起業家』と信じ活動をしています。これは、何かに依存しないということが大切ということを伝えたいのです。

 例えば、日本においては結婚すると、世帯主=男性(夫)と見なされてしまうのが常です。ところが死別・離別などの理由で女性がシングルになってしまう、自立の準備が整ってないので生活を安定させるのに大変な苦労をすることが多い。これは企業人も一緒です。企業に勤め、会社に依存していると、会社が倒産したときに社員も一緒に崩れてしまう。

 依存よりも自立を大切にしているのは、依存する仕組みが無くなっても逞しく生きていけるようにするためです。ベーシックインカムを導入したとしても、人々にとっては『もしこの制度がなくなったときにどのようになるのか?』と、その仕組みがなくなったときのことを考慮しておく発想も大事です」

 IBMの藤森氏は、大塚氏の考える「モヤモヤ」に対して、オニワラ座談会で視聴者からのQ&Aを受け取るSli.do(https://wall.sli.do/event/7h2aar4s?section=68cb49c0-3cac-45dc-b408-428215d232d4)からピックアップし、「面白法人カヤックが鎌倉で実施しているフードロスプログラム『まちのもったいないマーケット(https://www.kayac.com/news/2021/07/coin_market)』がヒントとなるのではないか?」と意見をぶつけた。

「そもそも“フードロス”と“貧困”を紐づけるから支援を受ける側が恥ずかしくなるのではないのでしょうか?例えばカヤックさんの『まちのもったいないマーケット』ではターゲットを限定せずに余った食べ物を提供する仕組みを作っています。ベーシックインカムにもつながりますが、まずは全員に配ることを行う。そうすると、フードロス/SDGsへの意識を持っている人と、本当に食べ物が必要な人がその場に集まってきます。

ターゲットを貧困層に限定するのではなく、門戸広くとにかくみんなにあげる、という仕組みであれば、誰も恥ずかしい思いをすることなく食べ物を受け取ることができるようになるのではないか、と考えます」(藤森氏)

 もちろん誰にでもオープンにすることによる弊害も考えられる。現在、子ども食堂では、余裕ある家庭の食べ盛りの子どもが子ども食堂を積極的に利用し、本当に子ども食堂を必要としている子たちが行きづらい場所になっている、という状況も場所によっては起きている。

 だが、それを懸念しすぎてしまい、行動を起こさないのでは何も始まらない。トライ・アンド・エラーは当たり前を考え、まずは行動を起こし、その中で生じた問題を解決していくというスタンスのほうがいいのではないか。

「フードバンクもベーシックインカムもやってみることにより、社会課題が明確になってくる、そして利用者の顔が見えてくる。

 課題が見え、利用者の声が拾えるようになると、より芯を食ったサービスが提供できるようになります。何よりも行動し、進めていくのが大事ではないでしょうか」(百野氏)

 議論を起こし、懸念点は見えてきたら行動を起こし検証する。行動を起こすことにより必要な仕組みを作り上げていく姿勢というのが「助け合う社会」を作る上でも大事になりそうだ。

助け合うのは当たり前、の社会を作るために

 最後に、IBMデザイナー山田龍平氏よりオニワラ・グラフィックレコーディングのまとめとデザイナーとしての意見を発言してもらった。

「今日のお話を聞いていてデザイナー視点での「助け合う社会」を定着させるためのモヤモヤ解決ができるかな、と思ったポイントは以下二つです。

 まず一つ目は、自分が関西圏に住んでいる時に気づいたことなのですが、大阪の方はいかに安く手に入れることができたかということを自慢するのです。例えば「昨日の夕飯タダやってん」という感じに。そのマインドって今日のお話聞いていてとても大事だな、と思いました。「タダで手に入れてしまい、申し訳ない」ではなく、自慢するようにするのも一つのポジティブなアプローチかな、と。

 そして、二つ目、本業のデザインの視点でいうと差別的なデザインをしないというのが大事だと思っております。具体的な例でいうと「らくらくフォン」。高齢の方には便利なはずなのに使う側に心理的なハードルをもたせる名前でありユーザーインタフェイスです。高齢者だから、と差別感を感じさせないデザインにするというのが大事ですが、同じように今回の話のなかでも高齢者だから、シングルマザーだから、と区別するのではなく誰もが幸せに使えるデザインというのも大事だと考えます。」(山田氏)

 助け合うのは当たり前、の社会を作るためには正解はない。助ける人、助けられる人、どちらも人間で、多様な背景と条件が混ざっている。ただ、助けたいと思う気持ち、社会の不均衡への違和感を感じられたのであれば、まず行動を起こすことから始めるのが大事であることを当オニワラ座談会で学んだ。余計なお節介と思われたのであれば、どうしたら必要なタイミングで助けられるのか?助けが得られるのか?考えていけばいいだろう。

 自己責任として自分一人で抱えるのではなく、自分が困っていることは誰かが困っていることではないか?という社会全体への浸透を意識し、行動していく人が一人でも増えれば「助け合うのは当たり前の社会」が優しく、築いていけそうである。