デザインマネジメントやデザインシンキングの重要性が叫ばれて久しいが、経営や事業、サービスとデザインをどうつなげればよいのか、手探りの企業も多いだろう。
そんな中、デザインマネジメントの理解を深めるイベントが行われた。HEART CATCH主催、IBM Future Design Lab共催で6月23日に実施された「デザインマネジメントを軸に見直す社会・経済・ルール〜西村真里子のオニワラ!『鬼と笑おう』〜未来をつくる座談会#5 powered by IBM Future Design Lab」だ。
さまざまなゲストが名を連ねる中、金融分野から意見を述べたのが、Japan Digital Design(JDD)の代表取締役CEO・河合祐子氏。同社は、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)でデジタルR&Dを目的に作った内部組織が2017年にスピンオフして生まれたスタートアップ。金融の「新しいあたりまえ」を作ることを掲げている。
では、金融のサービスを作る上で、デザインマネジメントやデザインシンキングはどんな位置付けにあるのだろうか。また、河合氏はアメリカの金融機関に勤めた経験から、ダイバーシティとデザインシンキングの関係もイベントで口にした。それはどういった意味なのか。真意に迫っていきたい。
なぜ金融サービスは、個人にカスタマイズされた体験を作りにくいのか
――近年、デザインマネジメントが注目されています。先日のオニワラでも議論が交わされましたが、金融に関わる河合さんから見て、改めてデザインマネジメントの位置付けを教えてください。
河合祐子氏(以下、敬称略) 大前提として、デザインマネジメントやデザインシンキングをすれば金融が変わるわけではないと考えています。まず、本質として変えたい金融の姿があり、それを実現する方法の一つとして、私たちはデザインを重視している。この表現が適切ではないでしょうか。
これはテクノロジーに関する議論も同様で、得てしてデザインやテクノロジーを使うことで「金融を救う」「金融が変わる」といった文脈になりがちですが、それは誤解を招くのではないかと。デザインやテクノロジーを使えばよいわけではありません。
――では、JDDや河合さんの目指す金融の姿とはどんなものでしょうか。
河合 本当の意味でユーザーフレンドリーな金融サービスを作ることです。今や、個人にカスタマイズされたサービスや顧客体験は、さまざまな分野で普及していますよね。小売りなら個人の行動をもとにした商品がレコメンドされ、また価格比較サイトや口コミサイトで多様な情報を得られる。個人にカスタマイズされた体験が当たり前に提供されています。すると、消費者は金融にも同じ体験を求めるのですが、そのニーズにフィットしたサービスは多くありません。
――それはなぜでしょうか。
河合 銀行は規制産業であり、厳しい規制が課されていること。そして、利用者の信用を大切にし、安全性を最重視することが大きな理由だと思います。このどちらも尊重すべきであり、今の金融の姿を否定するわけではありません。
ただ、繰り返しますが、他分野のサービスでは個人のニーズにカスタマイズされた体験が提供されており、お客さまもそれを望んでいる。その中で、新たな方法論や技術を使いつつ金融の姿を変えられれば、という思いがあります。
フィンテックはまさにその流れですよね。さらに金融庁なども、一部の規制を緩和する方向に動いています。この中で金融サービスを再定義したいですね。
――河合さんの中に、ユーザーフレンドリーな金融サービスとしてイメージする例はありますか。
河合 分かりやすい例を挙げると、2つの方向性があります。1つは、息をするようにシームレスでお金の支払いや借り入れが行えるもの。例えば、お店に来て、商品を買うと決めたら手続きなく自動で支払いが済む。もしくは、自動車を購入する際、買い手候補の情報をデジタルで取り込んで、購入を決断した瞬間にローン契約も終わるなど。これはオニワラでも少し話しましたよね。
もう一つは、資産運用などの金融に関する正確な知識や情報を得られること。例えば、私のように50代半ばになると、退職が見えてきたり、子どもが手を離れたりする人が多いでしょう。一方で、自分の親が高齢になり介護の可能性も出る。人生の転機が訪れます。
人生の転機はお金の転機でもあり、どんなマネープランが必要か、基本的な情報を気軽に知りたい。そういった人々のニーズに寄り添ったプラットフォームなどが考えられます。
ユーザー目線の発想をするため、社内に作られた大型デザインチーム
――これらの実現を目指すために、JDDはデザインマネジメントやデザインシンキングを重視しているということですよね。その考え方を改めて教えてください。
河合 規制が厳しく、これまで「プロダクトアウト」でサービスを作っていた金融において、ユーザーフレンドリーなものを作るには、お客さま起点で発想・計画する「マーケットイン」の考え方をしなければいけません。その発想方法、計画の仕方を今、最も適切な言葉で表すならデザインマネジメントではないかと。
オニワラに登壇したエムテドの田子學さんは、「デザインという言葉は、昔は”意匠”と翻訳されていましたが、本来は”計画”を意味します」と話されていましたよね。その言葉が重要だと思います。
特に金融業界にとって、プロダクトアウトからの転換には壁があります。ただ、すでに壁を越える事例も出ていますし、JDDの存在意義の一つも、その転換を達成すること。例えば、JDDがMUFGからスピンオフした理由の一つは、金融機関の中でトランスフォーメーションを起こすより、違った価値観を持つ外部のプロを集約し、外で進めた方が変化が加速すると考えたからです。
――デザインマネジメントやデザインシンキングについては、なかなかその考えが社員に浸透しないという声もあります。JDDとして、デザインマネジメントを社内に浸透させる仕組みや工夫はありますか。
河合 私たちは100人ほどの組織で、コーポレート部門を除いて、デザイナーとデータサイエンティスト、エンジニア、ビズデブから構成されています。デザインチームは、CXOの浅沼尚が立ち上げから人を集めました。この部門の存在自体が、デザインシンキングの浸透に直結します。
デザイナーが社内施策に広く関わっていることもポイントでしょう。例えば、JDDでは、従業員の社内コミュニケーション活性化などを目的に、社内トークンと自社ブランドストア「JDD Coin & JDD Store」を導入しました。従業員は社内イベントの参加や社内活動の貢献によってコインを受け取り、そのコインでコーポレートグッズを購入できます。こういったデザイナー主導施策により、社員が自身の「顧客体験」を通じてデザインの重要性やユーザー起点の思考に触れる機会を得ています。
ダイバーシティが進むと、デザインシンキングの発想が根付く?
――最後に、オニワラの中で河合さんは、ダイバーシティとデザインマネジメントの関係性をお話しされていましたよね。ダイバーシティが進むことは、日常的にお客さまや生活者個人の視点に立って考える習慣、つまりはデザインシンキングに関係するのではないかと。こちらについて詳しく教えてください。
河合 あくまで個人的な体験によるものですが、私が新卒でアメリカの金融機関に入社したとき、本当に多様な背景を持つ人が集まっていました。新卒一括採用ではないため、キャリアも年齢もバラバラ。最終学歴で相手をカテゴライズすることもありません。聞かれるのは、私が今、何をできるか、そのためにどんなリソースが必要か。自分自身をアピールし、相手もまた目の前の個人を読み解かなければなりません。多様な人がお互いを説明・理解し合うプロセスが、仕事や日常の中に当たり前にあったのです。
デザインシンキングがお客さまを理解し、それを起点に設計するものだとすれば、先述のプロセスはデザインシンキングと非常に近い。相手の立場で理解しようとする作業を日々行っている。その意味で、ダイバーシティと通じるのではないかと思いました。
併せて、企業内のダイバーシティを進めることも、お客さま起点のサービス開発につながるでしょう。例えば、30年以上前、P&Gや花王といった消費財メーカーは、女性の幹部候補生を積極的に増やし始めました。なぜなら、彼女たちは、その企業がターゲットとする消費者そのものだからです。消費者の気持ちに立って商品設計する人を内部に増やしていった。
翻って金融業界は、まだ男性幹部が多く、若い女性向けのサービスを作るにも、その層の金融ニーズを実感を持って考えにくい環境にある。すると、商品設計の段階で歪んでいきます。このサービスがお客さまのためになるという絶対的な自信を得にくいので。
――つまり、企業がダイバーシティを進めることは、いろいろな年齢や背景を持つ人のニーズを、お客さま起点で考えられる人が増えるともいえますよね。
河合 そうですね。それはデザインシンキングをしやすい環境になると思います。そしてもう一つ、今はデータにより、いろいろなお客さまのニーズや考えの分析・検証ができる。JDDがデザイナーとともにデータサイエンティストを多く抱えている理由もそこで、さまざまなタイプ・背景のお客さまが何を考えているのか、データからお客さま起点のニーズを検証しています。
規制が厳しい業界の中で、「新しい金融のあたりまえ」をどう作るか。そのときにデザインシンキングの発想やデータからお客さまのニーズを導き、それを起点にサービスを考えていく。これが私たちの考える方法論の一つです。