例えば、裏付け資産を100%ではなく部分的にしか持っていない場合です。この場合、発行者はその差の分だけ短期的には利益が得られるわけですが、このようなステーブルコインを保有者が裏付け資産に換えようとしても、資産が足りないことになります。このようなステーブルコインは、そもそも価値が安定的とは言えません。
また、裏付け資産の中に、企業のリスクなどを含んだリスク資産や暗号資産が含まれている場合も問題となります。一般にリスクの高い資産ほど利回りが高くなりますので、リスク資産を裏付け資産に入れれば、発行者は利回りの差による利益を得やすくなりますが、一方で損失が発生する可能性もあります。この場合も、別途自己資本などを持たない限り、ステーブルコインの価値は安定的にはなりにくいといえます。
さらに、支払手段として「預金」を発行する銀行が厳しい規制監督の下に置かれている一方で、ステーブルコインの発行者への規制が過度に緩ければ、競争条件の不平等が生じてしまいます。
CPMI・IOSCOの報告書
IMF・世銀総会に先立つ10月6日、暗号資産の問題に取り組んできた国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)は、証券監督者国際機構(IOSCO)と共同で、「ステーブルコインに対する『金融市場インフラのための原則』の適用」と題する報告書を公表しました。この報告書は本年12月1日まで、市中からの意見を求めています。
私も2015年から18年まで委員として在籍した決済・市場インフラ委員会は、当時から暗号資産やステーブルコインを巡る上述のような問題を十分認識していました。この報告書は、現時点での各国当局の問題意識を、率直に示したものだと思います。
この報告書は、支払決済手段としてのステーブルコインが、これまでの支払決済手段と異なる点を、いくつか指摘しています。すなわち、(1)中央銀行の債務や民間銀行の債務(預金)以外のものが支払決済に使われる点、(2)さまざまなステーブルコインが連関し得る点、(3)分散型の構造をとり得る点、(4)分散型台帳技術(DLT)のような新しい技術を導入し得る点、です。
そのうえで、この報告書は、世界の主要な支払決済システムに広く適用される「金融市場インフラのための原則」(FMI原則)という枠組みを、「システムにとって重要な」(systemically important)ステーブルコイン、すなわち、広く支払決済に利用されるステーブルコインにも適用すべきだと述べています。