エストニアとイギリスの事例に学ぶ

 自治体DXによって、市民サービスの何が変わるのか。代表的ユースケースが、デジタル変革で電子政府化を行ったエストニア共和国である。同国は行政システムの電子化に注力し、既に行政手続きの99%が電子化している。

「エストニアのように行政機関のデジタルファーストが進むと、役所の窓口が圧倒的に小さくなり、対応に必要な職員の数が減ります。同国のタリン市役所の窓口職員数は少なく、市民は事前にアポイントを取り、予約時間に役所に行き、無人受付案内パネルをタッチ操作します。

 その後の手続きも、役所に置いてあるコンピューターを使いながらおのおのが自分で行います。それまで職員が働いていたオフィスはコミュニティーセンターとして開放され、料理教室などが開かれています。

 エストニアのユースケースはデータ連携基盤システム『X-Road』や『デジタルID』などのテクノロジーばかりに注目が集まりがちですが、その本質は20年の時間をかけ、データ基盤を構築したことです」

 自分の情報にどこからでもアクセスでき、行政サービスをワンストップで受けられる。そうした「データが連携された世界」では確実に利便性が高くなる半面、セキュリティー面に不安が残る。

 しかし、こんな興味深いデータもある。

 2020年、コンサルティングファームのアクセンチュアが日本を含む世界11カ国6500人以上を対象に実施した調査によれば、「回答者の84%(日本79%)は、『よりパーソナライズされた公共サービスが得られるならば、行政機関に対して個人情報を共有しても構わない』」。さらに「41%(日本は20%)は『公共サービスが向上するのであれば、個人情報を複数の行政機関で共有しても良い』」と回答した。

「これは興味深い調査結果だと思いました。ショッピングサイトで自分のクレジット番号や自宅情報を入力することに慣れ、だんだんと個人情報の提供を許容できるようになってきたのだと思います。大事なのは安全と利便性のバランスなのです」

 さらに自治体DX実現のためには「自治体の職場においても、デジタルを前提とした抜本的なワークスタイル改革を行う必要がある」と平本氏は指摘する。これには、イギリスのブリストルにおけるワークスタイル改革が、ケーススタディーになる。

「ブリストルでも日本の役所と同じように、以前はたくさんのデスクが並んでいました。しかし、改革最初のフェーズでデスクの数を60%に削減。空いた40%をフリーアドレスにしました。

 その後もデスクを縮小(30%)、フリーアドレスを拡大(50%)し、さらに空いた20%のスペースで市民との協働ワークショップを行った。それが終わると今度は、職員の働き方そのものを抜本的に見直し、専任的な働き方から協働・コラボレーションによる働き方へ変革を進めていきました。

 こうして職員のマインドセットから変えていったのです。自治体DXというと、テクノロジー活用や市民サービス向上に気を取られがちですが、DXを主導していくのは職員の皆さん。ブリストルのケースのように、職員も幸せになれる仕組みの構築が重要な観点です」