キャッシュレス化とマネロン規制

 かつての刑事ドラマの定番といえば、港の倉庫での麻薬取引、そして、重いジュラルミンケース入りの現金でした。このように、「匿名」である現金は、違法取引や脱税に使われやすい面もあるわけですが、現金の利用を規制しようという動きは広がりませんでした。これは、現金が重く、かさ張るため、高額の利用には自ずと制約がかかりやすかったことが指摘できます。海外のテロリスト支援のため、現金を航空便や船便で送ることは困難でしょう。

 しかし、今やデジタル技術革新とともに、キャッシュレス化が世界中で進んでいます。キャッシュレス手段は支払いを大きく効率化する可能性を持っているわけですが、このことは同時に、これまで現金の違法取引への利用に歯止めをかけていた「重さ」や「体積」といった物理的制約を取り払う面もあります。「便利で、速く、高額の支払いに使え、しかも現金同様の匿名性を兼ね備えたキャッシュレス手段」ができれば、それは違法な活動を行う人々にとっても夢の決済手段となり得るのです。したがって、キャッシュレス化は、同時にマネロン対応を要請しやすいといえます。

デジタル技術とマネロン規制

 一方で、かつては、送金に伴う情報から、その背景にある取引の性質まで見抜くことは困難でした。しかし、今日では、AIやディ―プ・ラーニングなどの技術を活用しながら、ネットショッピングの履歴などに基づいて個々の顧客の属性を割り出し、広告に活用するなどのビジネスが大きく広がっています。

 ネットショッピングやSNS関連のデータからユーザーの属性を割り出すことと、送金関連のデータから背景にある取引の性質を割り出すことは似ています。実際、今日のマネロン対応では、複雑な分析機能を組み込んだソフトウェアの利用が不可欠となっています。このように、技術革新に伴い、データを基に、これまでは難しかった精緻な分析ができるようになったことも、マネロン規制の発展に結び付いています。

金融構造の変化とマネロン規制

 さらに、近年、金融サービス、とりわけ支払・決済分野への新規参入が増加していることも、マネロン規制の広がりの背景として指摘できます。

 かつては、支払決済機能の担い手として、銀行が圧倒的なプレゼンスを占めていました。しかし今では、ノンバンクや一般事業法人が大挙してこの分野に参入しています。したがって、銀行規制の枠組みでは、支払決済サービスの全てをカバーできなくなり、「銀行」「証券会社」といった「主体別」の規制とは別に、「機能別」の規制を考えなければならなくなっています。マネロン規制の拡大も、このような文脈で捉えることができます。