変革は「自社ならば何をすることが望ましいのか」の観点から

 宇田川氏はそんな日本企業の現状を「組織が慢性疾患に陥っている」と表現する。

「急激に落ち込んでしまったものをV字回復させるのが、これまで一般的な企業変革のフォーカスでした。例えるなら『急性疾患』の患者に、企業再生や戦略転換などの『処置(手術・治療)』を施してきました。

 しかし、日本企業の実状を踏まえると、今必要なのは『慢性疾患』の寛解です。慢性疾患である高血圧症の方が降圧剤のクスリを飲めば一時的に血圧は下がりますが、高血圧症自体は治りません。ご家族の協力を含めた患者さんの生活改善でセルフケアをやり続けることで、血圧が徐々に落ち着き、『寛解』と呼べる状態になります」

 組織の慢性疾患としては「長らくトップライン、ボトムラインが低下し続けている」「新規事業開発を進めようとしても事業部が協力してくれない」「負け癖が付いている」「自分で問題解決を考えようとしない」といった状況が挙げられる。

「こうした組織の慢性疾患は、ゆっくりと悪化し、原因も曖昧で特定できない。さらに、一度きりの処置では根治しないという難しさがあります。繰り返し起こる問題をセルフケアで解消できるような仕組みを整え、寛解を目指していかなければいけません」

 とはいえ、慢性疾患は、昨日と今日の変化量が小さいため、変革に着手する決め手に欠け、原因が特定しにくい。原因が特定できなければ、どこから手を付けたらよいかも分からない。そこで宇田川氏は「まず、変革者が誰なのかを明らかにするため、万人が変革者であることを周知し促す必要がある」と話す。

「変革を促すアプローチとして、例えば『Googleはこうなのに、自社はこうなっていない。だから変えなければGAFAMに負ける』といったギャップに基づいたアプローチをとる人もいますが、そこには必然性と自発性がなく、強いて言えば急性疾患向きのアプローチになってしまいます。

 例えば、『われわれは本来、こういうことを目指していた。その中でこのやり方を取ってきたが、時代に合わなくなってきた』『だから自分たちの進むべき方向性を模索しながら、新たな自社を構築していこう』というように、自社としてやるべき必然性と自発性があるアプローチが理想的です。保守と革新の対立ではなく、『自社ならば何をすることが望ましいのか』という観点からの変革を促しましょう」

イノベーションの意味と慢性疾患の寛解法

 変革を促す際に、分かりやすいキーワードとなるのが「イノベーション」である。ピーター・ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社)の中で「イノベーションに成功するものは保守的である。保守的たらざるを得ない。彼らはリスク志向ではない。機会志向である」と述べた。

「ドラッカー研究者であるジェレミー・ハンター氏とお会いする機会があったのですが、彼も『イノベーションの反対語は革命』だと話していました。すなわち、ドラッカーは『何かしらの理想を掲げて、そのために現状を破壊する』(革命的)ことがイノベーションなのではなく、『置かれた状況下で必要なことをやり、現れた機会や問題に対して手を講じ、その積み重ねで変革をしていく』(保守的)ことがイノベーションだと説いている。これは慢性疾患からの企業変革でも、重要なファクターだと思います」

 さらには、組織としてのイノベーション創出に必要なのは「1人の天才や強いリーダーではなく、群知能を生かす総力戦」だと話す宇田川氏。「群知能」とは、海の中の魚群のような生物の群れを生み出す知能を指す。

「拙著『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)では対話の大切さを訴えたものの、一方で、どうやったら対話ができるようになるか、という課題が残りました。そこで『組織が変わる——行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法 2on2』(ダイヤモンド社)も発表しました。

 この本で私が述べているのは『2on2』という対話の方法。2on2を用いれば、他の人の視点をうまく活用しながら、状況の理解を立体的に深め、手立てを見つけていくことができます。これはまさに、他者の視点を交える群知能的な対話の方法を提示するというチャレンジでもあります。」