
飲食業で最近、注目度が増している業態が「クラウドキッチン」。これは店内に飲食をするスペースを持たず、調理した料理を、デリバリーアプリのみを通して提供するというものだ。
顧客がデリバリーアプリで注文すると、Uber Eatsに象徴されるデリバリープラットフォームに注文が入り、クラウドキッチンには調理依頼が届く。それを受け、シェフが調理を行い、出来上がった料理をデリバリープラットフォーマー(=デリバリー業者)の配達員に渡し、顧客に配達してもらう、という仕組みだ。「バーチャルレストラン」や「ゴーストレストラン」という名称があるが、仕組みとしては同一である。
顧客からの調理依頼はキッチンの中に直接入る
この最大の特徴は、キッチンの場所がいわゆる飲食店の一等地にある必要がないということだ。顧客にとって、その存在感はデリバリーアプリの中の情報にすぎず、その存在価値はその運営者のマーケティング技術に託される。
この業態特性はコロナ禍で需要を大きく伸ばした。顧客が飲食店に行き、料理を食べるのではなく、“巣ごもり需要”によって、飲食店が顧客に料理を届ける形態に移行したからである。
リアル店舗開業よりも約5カ月分、コストカット可能
クラウドキッチンの草分け的存在は株式会社SENTOEN(本社/東京都千代田区、代表/山口大介)が展開する「KitchenBASE」である。その第1弾は2019年6月にオープンした「KitchenBASE中目黒」。東急東横線の中目黒駅から祐天寺方向に線路沿いを徒歩5分、ビル2階の炉端焼店があった物件(20坪)の中に4つのキッチンをつくり、そこで5つの飲食ブランドの調理を行っている。
第2弾は2020年8月オープンの「KitchenBASE神楽坂」。施設は地下1階、地上4階で元出版社の倉庫であった。そこに21のキッチンをつくった。
筆者は昨年11月の昼時に同施設を初めて訪れたが、都営地下鉄大江戸線・牛込神楽坂駅から徒歩10分、JR市ヶ谷駅から徒歩15分ほど。市ヶ谷の外堀通りから路地に入ると、小さなオフィスビルやマンションが立ち並び、商店が無くなっていく。そうした中、50mほど先に黒い服装の人たちが乗ったバイクや自転車が集まる光景が見えてきた。それが「KitchenBASE神楽坂」であった。
「KitchenBASE神楽坂」では注文件数が増えてきたために商品の受け渡し場所を広くした
代表の山口氏が述べる、KitchenBASEの特徴は大きく2つ。
まず、「誰でも開業できる」。独立してデリバリーレストランを初めて手掛ける人、拡大を目指す人にとってもすぐに開業できる。
次に、「低リスク」。入居者は開業・退店時のコスト、ドライバーの採用など、デリバリーレストランの開業にまつわるリスクを最低限にとどめることができる。
入居者の初期投資は保証金などを含めて100万円程度。一般的に飲食の実店舗を構える場合に800万~1000万円かかるところが、10分の1程度で済むという。
それに対してレンタル料は実店舗を構えるよりも高い。その理由は、まず設備がフルセットであること。この装置はかつて同社が実験としてサンドイッチのデリバリーを行い、また、これまで自社で約10ブランドのゴーストレストランにチャレンジしてきた経験を生かし、さまざまな業種に対応できるキッチンを考え出したものだ。
また、デリバリーを始めようとデリバリープラットフォームに登録しようとしても長期間待たされることが常だが、KitchenBASEでは独自の経路でスピーディに登録が可能。入居者それぞれの売り上げが伸びるように、デリバリーアプリのページづくり、料理画像のクオリティ、ポーションやプライシングなどについて、顧客のクリック数、オーダー数、リピート数のデータを基にアドバイスも行う。
飲食店の場合、リアル店舗を構え、デリバリーを始めるまでのスケジュール感はこうなる。物件を決めるまでに約1カ月。その後、内装や設備を決めるまでに約1カ月。営業許可を取得して、そこからデリバリープラットフォーマーに委託できるまで4カ月程度。ざっと6カ月ほどの期間を要する。KitchenBASEではそれを1カ月に短縮することで、リアル店舗を開業した場合と比べて約5カ月分のコストをカットできる。
山口氏はこう語る。「これまでシェフが独立開業するときには、物件を探し、店のデザインを考え、メニュー構成やプライシングも決めて、さらにプロモーションを行うという具合に、一人の人物がマルチな能力を持つことが必要でした。そうではなく、シェフが独立開業するまでのことを私たちと一緒にやっていただくのであれば、フランチャイズチェーンや大手外食に勝てるように頑張っていきたい。そのために、データを駆使して事業を行っています」
オーダーが多くて飲食店が少ないエリアを探す
その後、KitchenBASEは拡大路線に入り、今年の3月に「KitchenBASE浅草」、4月に「KitchenBASE中野」をオープン。「KitchenBASE浅草」は浅草寺北側の住宅街、元自動車整備工場を改造し、地下1階、地上4階に22キッチンを設けた。「KitchenBASE中野」は長い期間、空いていた3階建ての物件、地下1階、地上3階に35キッチンを作った。
筆者はこの6月上旬に「KitchenBASE中野」を訪ねたが、施設名に「中野」と付くもののJR中野駅からは程遠いという場所。同施設の住所は東京都新宿区西落合2丁目13-6で、都営地下鉄大江戸線・落合南長崎駅から徒歩10分、もしくは西武新宿線・新井薬師前駅から徒歩20分。すぐ近くに中野区立哲学堂公園があり、低層の住宅やアパートが密集、商店は100mほど離れたところにコンビニがある程度。住民が飲食店を渇望していたであろう立地だと、感じた。
「KitchenBASE中野」の周辺には商店が見当たらず、住民が飲食店を待望していたと感じた
筆者が「KitchenBASEの施設を探すためにどのようなことを行っているのか」を尋ねたところ、山口氏はこう語った。
「クラウドキッチンの場所探しは、デリバリーのオーダー件数が多いところを探すことから始まります。しかし、デリバリーのオーダー件数が多いエリアとは、飲食店も多いということ、つまりライバルも多い。そこで私たちは『デリバリーのオーダー件数が多くて、かつ飲食店が少ないエリア』を探し出しているのです」
そこで飲食店の数が少なくて、1店舗当たりのオーダー件数が多いところを探していく。それは、たくさん需要があるのにもかかわらず供給が足りていないということ。「すると、周りに飲食店が何もない住宅街が出てくる」と山口氏は語る。
「このようなやり方は、施設を構えたところで注文が発生するかどうかが分からないためにとても怖いことですね。しかし、私たちはこのデータを基にして戦いに挑んでいるのです。今までデリバリープラットフォーマーをあまり見掛けたことがないとわれても、データ上ではオーダーが発生している。『オーダー件数があるということは需要があるはずだ』ということで施設を構えるのです」(山口氏)
これらの「探し出す方法」とは同社の独自戦略のために非公開となっている。
「KitchenBASE中野」では6月上旬の段階で全35キッチンのうち、17キッチンが入居済み。これは山口氏が想定していたよりも早いペースだという。テナントの募集は、Facebookなどでの広告や、電話でアポ入れを行い、進めている。相手はデリバリーがうまくいっていて、拡大したいと思っている人。飲食をしたことがないが飲食で独立をしたい人などだ。
「KitchenBASE中野」のエントランス。下駄箱のようなスペースは、各キッチンで調理された料理を収納するスペース
「KitchenBASE中野」1階のオフィスルーム。ここで料理が配送員に渡される
「KitchenBASE神楽坂」はオーダー件数が順調に増えてきている。21キッチンで当初1日100~200件だったものが、オペレーションを変えることで、現在400件。これが同社の大きなノウハウとなっている。
DX後の世界は「言い訳ができない」世界
最後に「DXを進めることで、何がどのように変化したか」を尋ねた。
山口氏は「DXにより、私の中で理解できなかったことが、全て数値に落とし込めるようになった。例えば、あるところに飲食店がオープンしたとする。売れない、何したらいいか分からない。しかし、私たちにはなぜ売れないかが全部、分かります」――こう前置きして次のように語った。
「なぜ、そんなことができるのか。それは、何人のお客さまがあなたの店を見ているか、何人がクリックをして、何人が商品かごに料理を入れ、何人がオーダーをして、食べてくれた人の何人がリピーターとなっているのか、といったことの全部が分かるから。そうすると、どこがよくないのかが分かる。料理のリピーターが少ないのは、味か体験に問題があり、そこで『二度と注文しない』と感じさせてしまったから。クリックされないという場合は、そもそも見せ方が良くなかったということ。クレームの発生からその解決の仕方も、全てこのような論理で片付けられる」
「これまでは『この人は仕事ができる人か』という点についてもあいまいにししてきましたが、今は全部が数字になって表れてくるのでより判断がしやすい。それはいいことかどうかは別として、DX後の世界は『言い訳ができない世界』です。当社の風土として、成功に向けての全てのKPIを数字に落とし込むことができる。このような数学の世界が当社の文化として育ってきています」
山口氏によると、このような仕組みを志向するようになった背景の根本には、「巨大資本の企業に負けない仕組みをいち早くつくる」という狙いがあった。「そのためには、原価を下げることに注力する。そのシンプルな方法は大量発注だが、1店舗だけだとそれをさばききれないために、大量のキッチンをつくることで大量に発注して、1個当たりの価格を下げる。ここに私たちのビジネスの価値が存在する」――という発想だ。
これは、既存のビジネスモデルの弱点を突く新たなビジネスモデルを構築し、そこにデジタルの力を加える。そのDXによって規模の最大化を図り続け、同社に関わる人々が享受するメリットを最大化し続けていく、ということだ。
クラウドキッチンが隆盛しているのには、コロナ禍がもたらしたニューノーマルの生活スタイルだけでなく、若い事業家たちがその野心を託していることも大きな要因として挙げられるといえるだろう。






