マネロン・KYC対応の問題は避けて通れない
しかし、国際送金を電子メール並みに送れるようにするには、いくつかの大きなハードルがあります。
その一つが、通貨制度そのものであり、複数通貨の存在です。例えば、日本から米国に国際送金を行う際には、円をドルに換える必要があり、これはデジタル技術で無くせる訳ではありません。もちろん、世界中の国々が同じ通貨単位を使えばこの問題も解消できるかもしれませんが、その場合各国は、他国がインフレや財政に関する規律を失った場合に自国へのスピルオーバー(悪影響)を防ぐ手段を失うことになります。一方、独立した通貨単位を使っていれば、他国のインフレや放漫財政などの悪影響は、為替レートの変動がある程度吸収してくれます。
さらに、単に送金コストが高止まっているだけでなく、近年、とりわけ途上国や新興国向けの国際送金業務から撤退する銀行も増加しています。その大きな原因は、マネーローンダリング(マネロン)や顧客確認(Know Your Customer, KYC)を」巡る負担の増加です。
かつては「お金に色はない」と言われ、劇画『ゴルゴ13』の中で、ゴルゴ13がスイス銀行宛ての国際送金で報酬を受け取っていたように、「お金の流れから違法行為を突き止めることは難しい」という捉え方が一般的でした。しかし、1990年前後から、「反マネーローンダリング」(AML)や「テロ資金供与対策」(CFT)という考え方が、新たに登場しました。これは、金融の側から違法行為を抑止するという発想に根差しており、いわば、金融に新たな責任や機能を求めるものです。
このような責任や機能は、技術革新抜きには考えられません。例えば現在、eコマースで、顧客の購買履歴などから一人一人の顧客像を割り出し、それに合わせた広告を打つことが行われていますが、AMLもこれに似ています。個々の送金のさまざまな属性から、その送金の背景にある取引の性質を割り出そうとしているわけです。
ただ、このような金融の新たな役割には、新たなコストやリスクも伴います。実効性のあるAMLを行おうとすれば、それなりにコストの嵩むソフトウェアが必要となりますし、犯罪行為を見逃すことによるコンプライアンスリスクやレピュテーションリスクもあります。このため、とりわけAML対応が大変な途上国・新興国向けの国際送金については、その収益性との兼ね合いで、取り扱いそのものを止める銀行が増えているわけです。
冒頭で述べた「リブラ」についても、G20など国際機関は、「安価な国際送金を実現するためにAMLやKYC対応の手を抜くことは認められない」と牽制しています。このように、デジタル技術の発達は、国際送金に新たな責任を課すことで、電子メールによるメッセージ送信などにはない追加的なコストを発生させている面があるわけです。