そもそもなぜ大企業にとって「ファンエンゲージメント」が必要なのか?

 2020年秋に、日本IBMとして初となる生活者のDX(デジタルトランスフォーメーション)許容度を測る調査を行ったのだが、その中で生活者の半数近く(43.1%)はデジタルサービスの高度化を許容していることがわかった。また、色々なサービスが高度化し続ける、いまの世の中の流れを積極的に受け入れると回答している。生活者DX調査を指揮したIBM戦略コンサルティング&デザインアソシエイトパートナーの髙荷力氏は、「エンゲージメント商圏の拡大」と称してこの生活者変化を、新たな市場形成のヒントととらえている。

 エンゲージメント商圏では深い絆を感じられるところとつながる傾向が予想され、その際にファンエンゲージメントが大事になるというのである。ここでいうファンとは、顧客だけではなく、見込み顧客、ビジネスパートナーも含む。

 また、同戦略コンサルティング&デザイン トータルメディアプロデューサーの岸本拓磨氏はIBMの技術により、性格分析が精緻に行えるようになりベストマッチングパートナーの提案も可能になってきたことを紹介する。ここで言うマッチングは恋愛のマッチングではない。企業のイノベーションを加速させる人材同士のマッチングである。ファンエンゲージメントの活動で多くのファン(顧客・見込み顧客・ビジネスパートナー)を集め、そのファン層を精緻に分析すると新たなイノベーションの可能性も生み出せることが見え始めている。だからこそ「ファンエンゲージメント」を考えていく必要があるのだ。

「送信者⇄受信者」ではない。企業もクリエイターもファンも同じベクトルで未来を見るのだ。

 土屋氏は日本テレビに在籍しつつ、WOWOWで放送中の『電波少年W』を手掛けている。1992年に生み出された伝説の番組『電波少年』をコミュニティベースで再構築する挑戦を他局WOWOWで実行中なのだ。企業を跨いだ活動や、土屋氏のものづくりの視点、時代の変化がとても興味深い。

日本テレビ放送網株式会社 R&Dラボ シニアクリエイター 土屋敏男氏:1979年3月一橋大学社会学部卒。同年4月日本テレビ放送網入社。「元気が出るテレビ」「ウッチャンナンチャンのウリナリ!」などバラエティ番組を演出。「電波少年」シリーズではTプロデューサー・T部長として出演し話題になる。

「いままでテレビは“1対多”のマスメディアでした。コミュニティは“多対多”。その組み合わせで生み出すと今までにないものができるのではないか?と直感で感じ、作り出したのがWOWOWで放送している『電波少年W』です」(土屋氏)

『電波少年W』はコミュニティメンバーの見たい・知りたいを投票することにより、その意見を元に番組を構成している。ただ、一カ月運営してみて土屋氏は「なんかちがうなぁ」と思い始めているという。

「ユーザーが見たいものを要求し、それを番組として供給させる仕組みを作っていたのですが、コミュニティを運営してみると要求⇄供給という関係ではなく、“一緒に作り上げる”仲間という関係性が良いのではないかとみえてきて、舵を取り直しています。現在では「電波少年ベストセレクション」というオンライン有料イベントを考えみんなで作り上げていくことを目標に動き出しています」(土屋氏)

 開始一カ月弱で登録コミュニティメンバーが4000人もいるという。ユーザー登録し能動的に動くファンが4000人強存在する中で、試行錯誤を繰り返し仕掛け続けている真っ最中の土屋氏のコメントから、ファンエンゲージメントを構築するヒントは、仕掛ける側が挑戦し続け、その姿を表に晒すのも大事なのではないかと考える。挑戦し続ける熱量に、人は魅了されるのだから。

 忘れてはいけないのは土屋氏が、日本テレビという大きな組織に存在しながら挑戦を続けていることだ。土屋氏は、大企業組織のなかで映画『007』で出てくる“殺しのライセンス”のような、特別に許可された存在を作る必要性も述べる。

「私は、“ほうれんそう(報告・連絡・相談)”撲滅運動というのを掲げてまして。ピラミッド型組織の弊害なのですが、上に報告をあげていくどこかで「やめておいた方がいいんじゃないか」という弱気な発言が出てきて、そこで企画がストップしてしまう。せっかくの面白い熱量もある人の弱気な発言で消えてしまう。なので、私は“ほうれんそう”をやらずに作り続けた。もちろん失敗も多くあるけどその分、いままでにない番組というものが作ることができた。

 組織のメンバーのうち数人に“殺しのライセンス”を渡す必要もあると思うんです。こいつは何やっても許される、というような。

 幸いにして日テレがそのような“殺しのライセンス”を有する人間を許容してくれる組織だったので、『電波少年』みたいな番組が生まれて来たんです」

 一人の天才のアイディアだけではなく、そのアイディアを生かすための“殺しのライセンス”を許容する組織そのものも注目である。