デジタル化の果実を活かすには

 より深刻な問題として、ビッグデータやAIによる分析を通じて保険をどんどんカスタマイズしていくと、保険のセーフティネットでカバーされない人々が出てくるのではないかという懸念が挙げられます。例えば、生まれつき病弱な人は医療保険に入りにくくなるのではないかといった問題です。

 人間が自分のDNAを自分で選べない以上、そうした問題が生じることは適当ではないでしょう。仮にそうなれば、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『ホモデウス』が描いたように、富裕層は自らの身体改造を試みるかもしれませんし、各人が短期的に自らの利益を最大にするような画一的な改造に乗り出せば、人類が集団として生存していく上で重要な「多様性」の喪失にもつながりかねません。

 デジタル技術革新は本質的に保険の可能性を高めるものです。すなわち、民間がデータやデジタル技術を駆使しながら自律的に供給する保険が、人々に損失を小さくするよう努めるインセンティブを与えながら、不確実性の克服に貢献していくことが期待できます。

 同時に、デジタル技術革新の果実を得るためには、前述の自動運転の問題のようなデジタル化がインセンティブ構造などに及ぼす影響に加え、人間の尊厳や多様性の意義などを踏まえた、公的保険の守備範囲や民間との役割分担についての再考が求められます。このことは、「民間でどうしてもできないこととは何か」「強制保険はいかなる時に必要か」といった視点から、公共部門の役割を見直す上でも有益でしょう。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。