また、ウェアラブル端末やスマートコントラクトなどの技術を用いて、健康管理や運転態度などのデータを集めながら、きちんと運動をすれば医療保険料を安くするとか、安全運転に努めれば自動車保険料を割り引くなどの仕組みを導入すれば、モラルハザードの問題にある程度対処できるでしょう。このような仕組みは、単に「損失の分担」にとどまらず、損失発生の確率を下げるとともに損失を小さくするインセンティブを人々に与え、経済厚生(社会全体の経済的満足度)を高める効果につながります。
このように、新しい技術は、民間が自律的に提供する保険を通じて、人々が不確実性に対処できる可能性を広げるものといえます。
デジタル化と保険の新しい課題
一方で、デジタル技術革新は保険を巡る新しい問題も生んでいます。一例を挙げてみましょう。
デジタル技術革新は「自動運転」を技術的には可能にしています。では、自動運転車の保険は誰が提供すべきでしょうか。理論的に考えれば、自動運転車の事故を減らせるのは人間の運転者ではなく自動運転の開発者でしょうから、インセンティブの観点からは、自動運転車の供給主体が保険も提供すれば良いとの主張もあり得るでしょう。さらには、事故の発生確率に人間の運転者が関与できる余地は殆どないのだから、事故による損失は第一義的に自動運転車の供給主体が負うこととし、その分はあらかじめ価格に上乗せすべきといった、「無過失責任」に近い議論も出てくるかもしれません。
このことは、多くの派生的な論点に結び付きます。例えば、自動運転の保険は、自動運転車に乗っている人があえて手動で運転してもカバーすべきか、といった論点が考えられます。「自動運転車による事故の損失は第一義的に供給者が負担し、その分はあらかじめ価格に上乗せする」といったスキームは、運転者が事故の確率をある程度左右するようになる手動運転の下では、最適ではなくなるからです。